◇考え方の基本
最新のキノロン系薬は、抗菌活性が強くて殺菌的であり、高い吸収性や血中濃度に加えて組織移行性も高いなど他の経口薬に優る特質を備え、臨床で使える領域は広いのですが、種々の副作用や大腸菌をはじめとするキノロン耐性菌の増加傾向に鑑みれば、標的を絞って投与すべきであり、使うときは確実に攻めてしっかり使うべきです。すなわち、経口抗菌薬の治療対象としては比較的重症度の高い疾患群に絞るべきです。具体的には、呼吸器感染症では軽症~中等症の肺炎、種々の慢性呼吸器基礎疾患を持つ例における細菌感染であり、重症化リスクのある例では第一選択と考えるべきです。注射用キノロン系薬も同様であり、呼吸器のみならず尿路感染症、腹腔内感染症、婦人科領域感染症、敗血症にもエンピリック治療として用いることが可能ですが、対象は適切に絞りましょう。なお、薬剤によって適応菌種・適応疾患が異なるので注意が必要です。
◇各種キノロン系薬の位置づけ/分類は開発の歴史から分かる
抗マラリア薬のクロロキン合成の際の副生成物が細菌の増殖を抑えることがヒントとなってキノロン系薬の歴史が始まりました。1962年のナリジクス酸(NA)に始まり、ピロミド酸(PA)、ピペミド酸(PPA)、シノキサシン(CINX)が1980年代初めまでに実用化されましたが、抗菌スペクトラムがいずれもグラム陰性菌に限られ、適応疾患も尿路・腸管・胆道感染症に限られたこと、および代謝的に不安定な薬剤が多く、オールドキノロンと称されています。その代表はNAです。
1980年代に入り、キノロン骨格にフッ素とピペラジル基を導入して抗菌スペクトラムが黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌にまで広がると共に、抗菌活性の増強と代謝的安定性を獲得した一群のキノロンが開発されました。1984年のノルフロキサシン(NFLX)に始まり、エノキサシン(ENX)、オフロキサシン(OFLX)、シプロフロキサシン(CPFX)、ロメフロキサシン(LFLX)、フレロキサシン(FLRX)、プルリフロキサシン(PUFX)が2000年代初めまでに実用化されてニューキノロンと総称され、代表はOFLXです。緑膿菌に対する抗菌活性を得た薬剤もありますが、呼吸器感染症で最も多い原因菌である肺炎球菌に対する抗菌活性はまだ十分とは言えません。
1990年以降、肺炎球菌その他による呼吸器感染症や耳鼻科・眼科感染症などへも高い効力を得た一群のキノロン系薬が開発され、レスピラトリーキノロンと称されるようになります。トスフロキサシン(TFLX)、レボフロキサシン(LVFX)、スパルフロキサシン(SPFX)、ガチフロキサシン(GFLX)、モキシフロキサシン(MFLX)、ガレノキサシン(GRNX)、シタフロキサシン(STFX)、ラスクフロキサシン(LSFX)が2010年代にまで実用化され、代表はLVFXです。
ここまでのキノロンは全て経口薬ですが、注射薬も開発されています。2000年代初めに実用化されたCPFXとパズフロキサシン(PZFX、注射のみ)は注射用ニューキノロンに分類され、それ以降に開発されたLVFXとLSFXは注射用レスピラトリーキノロンに分類されます。注射薬でも、抗菌スペクトラムがグラム陰性からグラム陽性へ拡がっており、代謝的安定性や安全性も向上しています。
◇キノロン系薬の体内動態
体内動態に優れているのがキノロン系薬の大きな特徴です。経口キノロン系薬の投与後の吸収性は極めて良好であり、高い血中濃度と高い組織移行性を示して、注射用キノロン系薬とあまり変わらない成績です。また、新しい薬剤ほど血中濃度は高く、血中半減期も10時間以上のものが多くなっており、1日1回投与の可能な薬剤が多くなっていると共に、Pharmacokinetics-Pharmacodynamics(PK-PD)理論で示される濃度依存型の抗菌薬としての特長や使い方を具現化しています。体内の各組織への移行率も高く、上気道を含む呼吸器や喀痰、耳鼻咽喉科領域の組織、好中球などの貪食細胞への移行は、β-ラクタム薬に比べて格段に良好です。キノロン系薬の多くは腎尿路系から排泄されますが、MFLXとSPFXは肝胆道系からの排泄が多くて尿路感染症の治療には不向きです。TFLXとGRNXは、2つの排泄経路から同程度に排泄されます。
◇キノロン系薬の副作用、相互作用
抗菌薬の副作用で一般的なのは、消化器症状、肝機能障害、腎機能障害、過敏症状などですが、キノロン系薬では他に中枢神経障害、光線過敏症、関節障害、心電図上のQT間隔延長、低血糖や高血糖など特有の副作用が見られます。その発現頻度はキノロン系薬の間で差はあるものの、投与量並びに血中濃度と比較的相関しますから、安全性に配慮した投与設計を心がけます。
薬物相互作用では、アルミニウムや鉄、マグネシウム、カルシウムなどの金属カチオンを含む他剤との間で消化管内にキレート錯体の形成が起こり、キノロン系薬の吸収が極度に低下します。非ステロイド性の抗炎症薬(NSAID)との併用ではキノロン系薬のGABA受容体結合阻害が増強されて痙攣誘発作用が高くなります。特に、フェニル酢酸系とプロピオン酸系のNSAIDとの併用は要注意です。
◇キノロン系薬の適応菌種と適応疾患
前述したように、オールドキノロンの抗菌スペクトラムはグラム陰性菌に絞られ、ニューキノロンは緑膿菌を含むグラム陰性菌に加えて黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌にまで拡がり、レスピラトリーキノロンではさらに肺炎球菌への抗菌力が増強されています。結核菌に対する抗菌活性を有するキノロン薬もあり、一次抗結核薬が副作用や耐性で使えない場合に、二次抗結核薬として他の抗結核薬との併用投与が可能です。
この優れた抗菌活性に加えて優れた体内動態(経口吸収性、血中濃度、組織移行性など)があるため適応疾患は広範囲であり、呼吸器領域、耳鼻科領域、眼科領域(点眼等の外用が多い)、消化器領域、尿路系、婦人科領域、皮膚科領域などほとんどすべての領域の感染症に適応を有しています。
◇キノロン系薬の作用機序と耐性動向
細菌細胞へのキノロン系薬の作用点は、細菌の複製時に必要な酵素のDNAジャイレースとトポイソメラーゼⅣであり、その阻害で殺菌的に作用します。それらの酵素をコードする遺伝子の変異が主な耐性機構ですが、その他にグラム陰性菌の内膜の薬剤排出ポンプ、同外膜のポーリンチャンネルの変化などの耐性機構があります。
グラム陽性菌では、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を含む黄色ブドウ球菌や肺炎球菌で最小発育阻止濃度(MIC)の上昇傾向はありますが、耐性化が目立つというほどではありません。一方、グラム陰性菌では腸内細菌群の肺炎桿菌、プロテウス・ミラビリスと特に大腸菌で耐性化が進行しており、施設間で差はありますが、キノロン耐性大腸菌の分離頻度が50%前後に達しているところも見られます。キノロン耐性と同時にβ-ラクタマーゼ、特に基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)の産生も多くみられ、キノロン系薬の使用を困難にしています。緑膿菌でのキノロン耐性化も進行しており、20%以上というところが多くなっています。キノロン系薬はかつて淋菌感染症の第一選択薬でしたが、近年のキノロン耐性率は80%を超え、もはや第一選択としては使えなくなりました。いずれにしても、施設ごとのアンチバイオグラムを参照しましょう。
◇最後に
以上みてきたように、抗菌薬としてのキノロン系薬の特性は優れたものですが、一方で耐性化が進行している問題、安全性の問題などがありますから、標的を絞って投与すべきであり、確実に攻めてしっかり使うべきです。
(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)
〔出典〕
ヴァンメディカル2023年刊行予定書籍「若手医師のための 困った時の抗菌薬攻略本」(渡辺 彰/著)より