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2023.07.24 病原体

グリコペプチド系抗菌薬は、必要な時に限定して使え―若手医師のための抗菌薬攻略法 著者:渡辺 彰

 

◇考え方の基本

現在のグリコペプチド系薬はほとんどの場合、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症に用いられますが、MRSAが無菌部位から分離された場合を除いては、そのMRSAが真の原因菌であるか否かをまず吟味する必要があります。その必要が最も多いのは、喀痰からMRSAが分離された場合ですが、喀痰から分離されるMRSAでは多くの場合半数以上が、時には90%以上が原因菌ではないことが多いからです。また、分離されたMRSAが原因菌であったとしても、感染症の種類によってグリコペプチド系薬以外が第一選択薬として推奨されていることも多く、ガイドラインその他を参照しましょう。感受性や組織移行性、その他により、グリコペプチド系薬が第一選択薬とはならない例も多いからであり、MRSAが分離されたら即グリコペプチド系薬、とりわけ、まずはバンコマイシン(VCM)を投与、というわけではありません。グリコペプチド系薬は、必要な時に限定して使いましょう。

◇日本のグリコペプチド系薬の歴史と適応疾患

グリコペプチド系薬は現在、2剤が使われています。VCMとテイコプラニン(TEIC)の2剤であり、主にMRSA感染症の治療薬として使われています。TEICは注射用製剤だけですが、VCMには注射薬の他に経口剤と眼軟膏剤とがあります。

VCMは1958年に米国で開発されたグラム陽性菌感染症の治療薬です。日本では、経口のVCMの「骨髄移植時の腸管内殺菌」への適応が1981年に、1986年には「クロストリジウム・ディフィシルによる偽膜性大腸炎」への適応が承認されました。1991年には注射薬がMRSA感染症の治療薬として使用され始め、1994年には経口薬の「MRSAによる感染性腸炎」への適応が承認されました。VCMの長期収載品はさらに2004年、「ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)による敗血症、肺炎、化膿性髄膜炎」への適応が承認され、2014年には「メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS)による敗血症、感染性心内膜炎、外傷・熱傷および手術創等の二次感染、骨髄炎、関節炎、腹膜炎、化膿性髄膜炎」への適応が承認されています。TEICはイタリアで開発され、1988年から主に欧州で使われています。日本では1998年に成人のMRSA感染症への適応が承認され、2003年には小児に対する適応が承認されました。VCMは適応疾患・感染症の範囲が広いものの、現状ではTEICを含めて、もっぱらMRSA感染症の治療薬として使われています。

◇グリコペプチド系薬の作用機序と耐性動向

グリコペプチド系薬は、グラム陽性菌の細胞壁の主要な成分であるペプチドグリカンに対して殺菌的に作用します。すなわち、投与されたグリコペプチド系薬はペプチドグリカンの前駆体であるムレインモノマーのD-Ala-D-Ala側鎖に結合し、ペプチドグリカンの重合を阻害します。ペプチドグリカンはグラム陰性菌にもありますが、VCMとTEICはいずれも分子量が大きいため、グラム陰性菌のみが持っている膜の透過性が悪く、そのためグラム陰性菌には抗菌活性を示せません。

VCMの耐性基準について米国のClinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)は、最小発育阻止濃度(MIC)>8μg/mLをResistance (R:耐性)、MICが4~8μg/mLをIntermediate(I:中間)、≦2μg/mLをSusceptible(S:感性)としており、わが国もこの基準を準用しています。しかし、PK-PD理論や各種の臨床成績からはMIC=2μg/mLを示す株では臨床効果が期待できないとされています。しかるにわが国では、このMIC=2μg/mLを示す株が漸増傾向にあり、分離頻度がすでに10%を超える施設が多くなっています。TEICに関しては報告が少ないものの、海外ではVCMのMICが4~8μg/mLを示すIntermediate株のほとんどでTEICのMICも上昇していることから、わが国も同様と考えられます。すなわち、グリコペプチド系薬低感受性のMRSAがわが国でも漸増中であると考えなければなりません。

◇グリコペプチド系薬の体内動態と投与設計、副作用

グリコペプチド系薬の体内動態に基づいた投与設計は極めて重要です。この項ではVCMを中心に述べますが、VCMでは腎毒性や第8脳神経障害、肝機能障害、Red neck(Red man)症候群、過敏症状など副作用が比較的多いからであり、もう一つ、臨床効果を得るためにはある程度十分な血中濃度も必要だからです。点滴静注用VCMは成人には通常、1日2gを1回0.5g、6時間ごとに1日4回投与、もしくは1回1g、12時間ごとに1日2回投与します(高齢者ではそれぞれ12時間ごと、および24時間ごとの間を空けて投与)が、1gを1時間かけて投与した場合の最高血中濃度は50μg/mL前後になります。これが60μg/mLを超えたり、次回の投与直前の最低血中濃度であるトラフ値が30μg/mLを超えていたりすると副作用が出現しやすくなります。一方で、トラフ値を一定の値以上に確保することが臨床効果に直結するといわれ、VCMでは通常、トラフ値の目標を10~20μg/mLに、重症例や複雑性の感染症例では15~20μg/mLに設定することが求められています。臨床では、薬物血中濃度モニタリング(Therapeutic Drug Monitoring:TDM)を行うことが治療成功に必要なのです。

VCMは腎排泄型の薬剤であり、投与後24時間までに投与量の85%、72時間までに90%以上が尿中へ排泄されます。VCMの髄液移行は決して高くはなく、髄膜炎があっても血中濃度の1~7%程度しか移行しません。肺組織濃度は血中濃度の25~40%程度まで上がりますが、喀痰への移行は10%強程度です。というわけで、VCMの体内動態は総じて良好とは言えません。

◇グリコペプチド系薬の臨床における使い方

VCMがMRSA感染症に汎用されているのは、アミノグリコシド系薬のアルベカシン(ABK)と並んで最も早くMRSA感染症に対する適応が承認されたからですが、万能というわけではありません。原因菌のVCMに対するMICが≦1μg/mLを示す場合に限定されるべきです。また、感染症ごとに他の抗MRSA薬が選択の最上位にある場合が多いことを知っておかなければなりません。例えば院内肺炎や肺膿瘍、膿胸などの呼吸領域感染症ではオキサゾリジノン系薬のリネゾリド(LZD)やテジゾリド(TZD)の方が優れており、菌血症や敗血症、感染性心内膜炎などの血流感染症ではリポペプチド系薬のダプトマイシン(DAP)の方が優れています。これらを除いた場合にようやくVCMが選択の上位に上ってきます。TEICは、同じグリコペプチド系薬のVCMに比べて腎機能障害が少なめであることから、VCMの投与が困難な腎機能障害例への選択が多くなりますが、承認されている適応疾患が少ないことに注意しましょう。

なお、繰り返しになりますが、感染症例から分離されたMRSAが原因菌であることが抗MRSA薬投与の必要条件です。無菌部位からの分離ならともかく、呼吸器感染症などで喀痰からMRSAが分離された例では、それが原因菌であることをしっかり把握してから必要な例に限って投与しなければなりません。

(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)


〔出典〕
ヴァンメディカル2023年刊行予定書籍「若手医師のための 困った時の抗菌薬攻略本」(渡辺 彰/著)より

著者プロフィール

渡辺 彰(わたなべ あきら)

東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授
公益財団法人宮城県結核予防会 理事長

日本感染症学会専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会指導医。東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発寄附研究部門教授・日本感染症学会理事・日本結核病学会理事長・日本化学療法学会理事長を歴任。2013年、結核医療とインフルエンザ医療に関する貢献で第65回保健文化賞,2017年、抗インフルエンザ薬の臨床開発とインフルエンザ感染症対策の推進への貢献で日本化学療法学会の第28回志賀 潔・秦 佐八郎記念賞を受賞している。

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