◇考え方の基本
ペニシリン系抗菌薬(以下、PC薬)は人類が手にした初めての抗生物質です。1928年に英国のフレミングが発見しながら精製は出来なかった抗菌作用のある物質を、1940年に英国のフローリーとチェインが精製に成功したのがPC薬の歴史の始まりです。PC薬は、抗菌活性の本体である4員環のβ-ラクタム環に5員環のチアゾリジン環(6-APA)が接合した化学構造を持ち、β-ラクタム環の側鎖などを中心に様々な化学修飾を行うことが出来るため、多くのPC薬が実用化されました。さらにその後、セフェム系薬やカルバペネム系薬など様々なβ-ラクタム系薬、およびそれ以外の様々な系統の抗菌薬が開発される端緒ともなったのですが、PC薬は抗菌活性の及ぶ範囲がやや狭いこと(狭域スペクトラム)もあって、その有用性は過小評価されるようになりました。しかし、広域スペクトラムで強力な抗菌活性を有する新たな抗菌薬が広範に使われるに及んで耐性菌が増加したため、PC薬は再評価されるに至っています。筆者はPC薬を5つのグループに分けて考えていますが、この群別を知ることで効果的なPC薬の選択が可能になります。
◇PC薬の群別と抗菌活性
PC薬の第1群はベンジルペニシリン(PCG)に代表される古典的なPCsです。高い効果を挙げましたが、グラム陽性球菌にのみ抗菌活性を示し、β-ラクタマーゼ、特にペニシリナーゼ(PCase)に加水分解される弱点があります。また、PCGは胃酸に不安定で経口吸収率が低い欠点があり、その点を改良した経口用半合成PCsが3剤実用化されています。PC薬の第2群は、1950年代に問題となったPCase産生ブドウ球菌に対して開発されたメチシリン(DMPPC)がその代表であり、PCaseに安定で分解されません。DMPPCは酸に不安定で経口では使用出来ませんが、経口使用が可能な4剤が実用化されています。ただ、抗菌スペクトラムはいずれもグラム陽性球菌に限定されます。
PC薬の第3群は、PCG骨格の6位側鎖にアミノ基を導入して吸収後の体内持続性とグラム陰性桿菌の外膜透過性を実現したため、広域PCsと位置付けられてPC薬全体の代表ともいえます。この群の代表はアンピシリン(ABPC)と、その経口吸収性を改善したアモキシシリン(AMPC)であって、今日でも有用性は衰えず、PC薬の中で最も繁用されています。ABPCとAMPC以外にも多くの薬剤が使われていますが、PCaseには不安定です。PC薬の第4群は6位側鎖にamidino構造を持つPC薬であり、グラム陽性球菌への抗菌活性は不十分ですが、グラム陰性桿菌にはABPCより強い抗菌活性を示します。PCaseにはやはり不安定です。
PC薬の第5群はABPCをさらに発展させたPC薬です。グラム陽性球菌に対する抗菌力はABPCよりやや劣るものの、ABPC耐性の腸内細菌や緑膿菌など各種グラム陰性桿菌に対する抗菌力が増強されており、PC薬全体のもう一つの代表です。緑膿菌に対する抗菌力は強力ではありませんが毒性が低いため、1日投与量を最大20~30gまで増量し得るような薬剤もあります。特に緑膿菌に対する抗菌力を強化した薬剤として今日も多く使われるのがピペラシリン(PIPC)であり、胆汁中への移行が良いなどの特性を有します。第5群のPC薬全体に共通する弱点は、グラム陽性球菌に対してABPCより抗菌力がやや劣ること、および依然として残るPCaseに対する不安定性です。なお、第3群と第5群のPCsには、β-ラクタマーゼ阻害薬と配合した薬剤がありますが、「β-ラクタマーゼ阻害薬配合剤」の項を参照してください。
◇PC薬の作用機序と体内動態
PC薬は他のβ-ラクタム系薬と同様、抗菌作用の基本はβ-ラクタム環です。β-ラクタム環は、炭素原子3個と窒素原子1個で環状に閉じた構造を持っていますが、この構造は細胞壁を構成するペプチドグリカンの前駆体のD-アラニン-D-アラニン(D-Ala-D-Ala)の構造とよく似ています。そのため、トランスペプチダーゼがD-Ala-D-Alaと間違えてβ-ラクタム環を取り込んでしまい、その結果、脆弱な細胞壁が作られ、内部の高い浸透圧を支えきれずに溶菌・死滅してしまうのです。PC薬が殺菌的な抗菌薬である理由です。
PC薬の多くは投与後の血中濃度の持続が短く、血中半減期が1時間以内のものが多くなっています。しかし、PC薬は他のβ-ラクタム系薬と同様、時間依存性の薬剤ですから、4時間毎とか6時間毎の分割投与によって強い抗菌作用が得られます。また、他のβ-ラクタム系薬と同様、炎症組織への移行は高率ですが、炎症が終息に向かうと移行は低率になります。PC薬の多くは腎排泄型ですから、腎機能が低下している症例では用法・用量の調整が必要であり、腎機能低下の度合いに応じて調節します。
◇PC薬の耐性動向
PC薬耐性の機序は主にβ-ラクタマーゼによる加水分解とペニシリン結合蛋白(PBP)の変異による結合親和性の低下です。β-ラクタマーゼはPC薬と結合する力が強く、そのためPC薬は本来の標的であるPBPへ結合する前にβ-ラクタマーゼと結合してしまい、β-ラクタム環が加水分解されて開裂し、抗菌活性を失うのです。β-ラクタマーゼ産生による耐性化は多くの菌種で認められており、モラクセラ・カタラーリスや各種の腸内細菌、緑膿菌、嫌気性のバクテロイデス・フラジリスではほぼ100%、黄色ブドウ球菌の過半数、インフルエンザ菌でも10%以上を占めます。PBPには複数の種類がありますから、どの種類のPBPが変異するかによっていろいろな薬剤への耐性が複雑に生じます。代表は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)とペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)ですが、その分離頻度はいずれも横ばい~やや減少の傾向です。
◇PC薬の第一選択は?
PC薬の出番は今も多いのですが、経口薬と注射薬とに分けて考えます。経口PC薬では、生体内利用率の高いアモキシシリン(AMPC)とスルタミシリン(SBTPC)およびアモキシシリン/クラブラン酸(AMPC/CVA)の有用性が高く、前2者では連鎖球菌、肺炎球菌、腸球菌、プロテウス・ミラビリス、大腸菌(感受性の認められるもの)などが対象となります。AMPC/CVAではさらに、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)、大腸菌、肺炎桿菌なども対象となります。疾患としては、前2者で細菌性扁桃炎、細菌性中耳炎・副鼻腔炎、軽症の肺炎、軽症の歯性感染症などが対象となり、AMPC/CVAではさらに、イヌやネコなどによる咬傷(破傷風の予防にもなる)、軽症の虫垂炎も対象となります。他には、ヘリコバクター・ピロリ感染症における除菌治療でクラリスロマイシン(CAM)およびプロトンポンプ阻害薬との併用でAMPCが用いられます。なお、高用量投与が必要な場合、AMPC/CVAを増量投与すると消化器症状が出やすいので、同量のAMPCと併用するいわゆるオグサワ処方も考えましょう。
注射用PC薬は薬剤あるいは疾患ごとに考えます。Viridance Streptococciによる感染性心内膜炎に対しては、ベンジルペニシリン(PCG)の最小発育阻止濃度(MIC)を見極めながら、PCGとゲンタマイシン(GM)を併用投与します。PC感受性の肺炎球菌や髄膜炎菌による髄膜炎に対しては、ABPCあるいはPCGの投与が標的治療となり、リステリア・モノサイトゲネスによる場合はABPCの投与がやはり標的治療となります。院内肺炎や医療・介護関連肺炎では、耐性菌リスクがない場合はスルバクタム/アンピシリン(SBT/ABPC)が、リスクがある場合や緑膿菌も想定される場合にはタゾバクタム/ピペラシリン(TAZ/PIPC)がエンピリック治療の有力な選択肢になります。TAZ/PIPCは他に、免疫不全例の敗血症や好中球減少性発熱などで緑膿菌も想定される場合に選択肢となります。
◇最後に
以上みてきたように、PC薬の選択・投与を考えてよい場面は極めて多く、切れ味のよさ、安全性の高さに加え、多くのPC薬が狭域スペクトラムであるため常在細菌叢のかく乱が少なく、菌交代症や耐性菌を誘導しにくい、という利点があるのです。耐性菌が増加している現在、PC薬の出番をもっと多く考えましょう。
(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)
〔出典〕
ヴァンメディカル2023年刊行予定書籍「若手医師のための 困った時の抗菌薬攻略本」(渡辺 彰/著)より