感染対策のポータルサイト「感染対策Online」
運営会社: Van Medical
2023.05.31 病原体

耐性菌はいつから? 誰が作ったのか?―若手医師のための抗菌薬攻略法 著者:渡辺 彰

 

抗菌薬耐性菌が世界中で問題になっています。抗菌薬耐性菌による感染症で2019年には世界で127万人が死亡したという米国ワシントン大学などのグループの報告がありますし、耐性菌への対策を何もしなければ2050年には耐性菌感染症による死亡は人類の死因の第1位となって、1年間に1000万人近くが亡くなる、とも見込まれています。耐性菌はなぜ、出現したのでしょうか?人類が抗菌薬を使ってきたからと言われていますが、本当でしょうか? そもそも抗菌薬を作ったのは人類ですから、そんなものをつくった人類が耐性菌出現の真犯人だ、とも言われます。本当でしょうか? いいえ、耐性菌は抗菌薬を人類が作り出す前からこの地球上に存在しています。それどころか耐性菌は、人類そのものが地球上に出現する前から存在していた節(ふし)があるのです。

抗菌薬の中で最も多くを占めて主流なのは抗生物質ですが、人類が手にした最初の抗生物質はベンジルペニシリン(PCG)です。1928年に英国のフレミングが発見しながら精製は出来なかった抗菌作用を持つ物質を、1940年に英国のフローリーとチェインが精製に成功したのがPCGであり、1943年から広く使われ始めました。ところが、チェインらは1940年にペニシリン耐性菌の存在を報告しています(1)。PCGが世の中で使われ始める前にその耐性菌が既に存在していたのです。

自然界の土の中には、抗菌薬を炭素源(≒栄養源)として生存している(=抗菌薬を食べて生きている)何百種類もの細菌が存在するという報告もあります(2)。また、カナダ北部の3万年前の地層からバンコマイシン耐性遺伝子のvanAを発見したという報告もあります(3)。3万年前ですから、もちろん抗菌薬は世の中にはありませんでしたし、人類はまだ北米大陸には到達していなかったと思われます。人類のいないところに耐性菌が存在したようなのです。なぜでしょうか?答えは簡単です。抗生物質は、人類が作り出したのではなく、いろいろな微生物が互いの生存競争の中で作り上げた物質が基(もと)なのです。

すなわち、抗生物質は、ある種の微生物が他の微生物との生存競争の中で、相手を打ち負かすために作って相手を撃退する効果のあった物質であり、人類はそれを真似・模倣して作らせてもらっているだけなのです。微生物同士の生存競争の産物を、我々人類がちゃっかり真似して使っているだけなのです。ですから、抗生物質は人類が出現する前から地球上に存在していて、さらに、それから身を守る仕組みを持つ「耐性」菌も自然界には既に存在していたと考えられます。すなわち、我々の使う抗生物質に耐性を示す細菌は、我々がそれを作る前から存在していると考えるべきですし、もっと大事なこととして、我々がこれから作り出す抗生物質(=まだ手にしていない抗生物質)に耐性の仕組みを持つ細菌も既に存在していると考えなければなりません。しかしこれでは、ヒトは細菌にはかないそうにありませんね。

でも、あきらめてはいけません。耐性菌は、我々の抗生物質・抗菌薬の使い方いかんで増えもしますし、減らせもします。減らすためには抗菌薬の適正使用が出番です。抗菌薬を感染症以外には使わない、真の原因菌を把握して使う、適切な量を適正な期間投与する、必要最小限の期間を超える長期投与は避ける、限られた少ない種類の抗菌薬に偏って使うこと(⇒簡単に耐性菌が増える)は避ける、などの考え方が必要です。

(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)

〔文献〕
(1)Abraham EP, Chain E:An enzyme from bacteria able to destroy penicillin. Nature 146(3713):837, 1940
(2)Dantas G et al: Bacteria Subsisting on Antibiotics. Science 320(5872):100-103, 2008
(3)D’Costa VM et al:Antibiotic resistance is ancient. Nature 477(7365):457-461, 2011


〔出典〕
ヴァンメディカル2023年刊行予定書籍「若手医師のための 困った時の抗菌薬攻略本」(渡辺 彰/著)より

著者プロフィール

渡辺 彰(わたなべ あきら)

東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授
公益財団法人宮城県結核予防会 理事長

日本感染症学会専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会指導医。東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発寄附研究部門教授・日本感染症学会理事・日本結核病学会理事長・日本化学療法学会理事長を歴任。2013年、結核医療とインフルエンザ医療に関する貢献で第65回保健文化賞,2017年、抗インフルエンザ薬の臨床開発とインフルエンザ感染症対策の推進への貢献で日本化学療法学会の第28回志賀 潔・秦 佐八郎記念賞を受賞している。

一覧へ戻る
関連キーワード
関連書籍・雑誌
若手医師のための 困った時の抗菌薬攻略本

◆数ある抗菌薬の中から、どんな患者に対して、どの抗菌薬をどう投与するのか、その判断の肝(きも)となる部分をわかりやすく解説!
◆長年にわたり抗菌薬・感染症診療業界をけん引してきた筆者が理路整然と語りかける、若手医師にとって至高の一冊。

東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授
公益財団法人宮城県結核予防会 理事長
渡辺 彰 著
2023年12月刊

透析室の感染対策まるわかりBOOK

◆標準予防策と対比させながら、違いと透析室の特別な感染対策をわかりやすく説明
◆患者さんと医療スタッフを守るために、基本的な考え方と具体的な予防策を提示
◆内容の要点をまとめたPOINTと詳細な解説を加えたMEMOで理解度がさらにアップ
◆「こんな本が欲しかった」にお答えする透析室の感染対策を丸ごとカバーした決定版

医療法人社団三遠メディメイツ 志都呂クリニック 院長 大石和久
浜松市感染症対策調整監/浜松医療センター感染症管理特別顧問 矢野邦夫
2023年4月刊

わからないコロナ後遺症の症状と対処法がよくわかる

◆新型コロナ感染症のもたらすもう一つの大問題、それが完治後にも症状が長引く「コロナ後遺症」
◆コロナ後遺症とは何か? そして、後遺症になってしまったらどうしたらよいのか?
◆多くのコロナ患者を最前線で診てきた呼吸器感染症の専門家が、最新知見とともに、コロナ後遺症の症状と対処法をわかりやすく解説。
◆コロナ後遺症が不安なあなたに、必読の一冊。

独立行政法人国立病院機構東京病院感染症科 部長 永井 英明 著
2022年4月刊