新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が5類感染症になることから、各医療機関はこの3年間実施してきたCOVID-19に対する過剰な感染対策を見直す必要がでてきました。ガウンテクニックやN95マスクの着用などを中止して、標準予防策に戻ろうという意見も数多いです。しかし、本当に「従来の標準予防策」に戻っていいのでしょうか?
ここで標準予防策の歴史を振り返ってみたいと思います(1)。1985年に米国疾病予防管理センター(CDC)が提唱した「普遍的予防策(universal precaution)はHIVの流行の影響を受けました。HIVに感染した医療従事者が発生したため、医療従事者を感染から守るために提唱された感染対策です。しかし、肉眼的に血液がみられない便、尿、鼻汁、喀痰、吐物などへの対応が不十分であったことから、「生体物質隔離(body substance isolation)」と合体し、1996年に「標準予防策(standard precaution)」となりました。これもまた医療従事者を感染から守ることを目的とした感染対策です。その後、2002年11月に中国広東省で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS:severe acute respiratory syndrome)において、救急外来で患者がSARSウイルスに感染したという事例が発生しました。そのため、患者も感染から守るために、「咳エチケット」「安全な注射手技」「腰椎処置におけるサージカルマスクの着用」が加わり、2007年に標準予防策が改訂されました(2)。このようにCDCは何らかの重大な出来事があると、基本となる感染対策を改訂して向上させていきました。
COVID-19のパンデミックがCDCの感染対策に大きな影響を与えることは間違いありません。この3年間、COVID-19対策として「身体的距離」「ユニバーサルマスキング」「換気」「行動制限」「黙食」「手指消毒」「ワクチン」などが実施されてきました。これまでのCDCの行動から推察すると、標準予防策を改訂するのではないかと予想されます。もしかして、「標準予防策」の名称すら変えるかもしれません。
それではどのような感染対策になるのでしょうか? おそらく、換気は加わるでしょう。そして、ユニバーサルマスキングは咳エチケットに戻り、行動制限や黙食については消滅します。身体的距離はもともと、咳エチケットに含まれています。SARS発生から5年後の2007年に標準予防策は改訂されました。同様のタイミングであれば、COVID-19発生から5年後の2024年に改訂されるのかもしれません。
(著者:浜松市感染症対策調整監/浜松医療センター感染症管理特別顧問 矢野邦夫)
〔文献〕
(1)CDC:History of Guidelines for Isolation Precautions in Hospitals.
https://www.cdc.gov/infectioncontrol/guidelines/isolation/appendix/history.html
(2)CDC:2007 Guideline for isolation precautions: Preventing transmission of infectious agents in healthcare settings.
https://www.cdc.gov/infectioncontrol/pdf/guidelines/isolation-guidelines-H.pdf.