我が国の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は現在、オミクロン株による感染のピークが過ぎつつあるようです。ただ減少の速度は鈍く、変異株BA.2によって、1707年に形成された富士山の宝永火口のような小さなピークが作られそうにも思われますが、出現して2年半、COVID-19は他の感染症の発生動向に大きな影響を及ぼしています。
インフルエンザをはじめとする多くの急性感染症が減った中、RSウイルス感染症や小児の突発性発疹の発症は減らず、一つには感染経路の問題があるのではないか、とも言われています。他の急性感染症や慢性・長期に経過する感染症への影響はどうなのでしょうか? また、世界の状況はどうなのでしょうか? COVID-19の原因ウイルス(SARS-CoV-2)が、次第に低病原性で感染力の強いウイルスに変異しつつあり、長期的には通常のかぜウイルスに近付きそうな現在、他の感染症の動向に目を向けることも必要かつ重要です。
世界における単一の病原体によって起こる感染症で最多の死亡者数は、2019年までは結核でした。世界保健機関(WHO)の報告では、2018年には150万人、2019年には140万人が死亡していました(我が国の新規感染者数/死亡者数は、2018年が15,590人/2,204人、2019年が14,460人/2,088人)。次に多いのはHIV/エイズであり、2018年には77万人、2019年には70万人が死亡しています。3番目はマラリアの44万人(2018年)、40万人(2019年)であり、結核・エイズ・マラリアが長年、感染症の3大死因でした。ところが、2019年末に出現したCOVID-19はあっという間にこれらを抜きました。2020年の感染症死亡者数は、COVID-19が180万人、結核が151万人、エイズが69万人、マラリアが63万人の順であり、2021年はCOVID-19が400万人以上の死亡となって、他を大きく引き離しています。
しかしながら、結核とマラリアによる死亡者数はCOVID-19の出現以降、増加に転じつつあるようでもあり、懸念されます。これらの疾患では公衆衛生対策が極めて重要ですが、各国がCOVID-19対策に忙殺される一方で、これらの疾患への対策が手薄になっている可能性があります。我が国でも、がん検診の受診者数減少と歩調を合わせるかのように胸部・結核検診の受診者数も減っており、重症化してから初めて発見される数が増加しかねません。これらの検診の受診は、個人レベルで出来る公衆衛生対策の第一歩です。検診の多くは個人負担もほとんどありませんから、機会を逃さず受診しましょう。
(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)