世界の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種には、ファイザー社製、モデルナ社製、アストラゼネカ社製と共に、中国製のワクチンもよく使われています。特にシノバック社製の「コロナバック(CoronaVac)」は多く使われていますが、その基礎的および臨床的成績がいくつか報告されました。コロナバックは、前三者のmRNAワクチンおよびウイルスベクターワクチンとは異なって、従来からの製法で作られた不活化ワクチンですが、その効果はどうなのでしょうか?
Limら(1)は、ファイザー社製のコミナティとシノバック社製のコロナバックについて、接種前後の中和抗体価(ウイルスの感染を阻害する抗体の量)を測定してワクチンの免疫原性(免疫応答を引き起こす能力)を比較しました。香港の医療従事者の63人(男性56%、年齢中央値37歳)と30人(男性23%、年齢中央値47歳)にコミナティとコロナバックをそれぞれ接種し、接種前/1回目接種後/2回目接種後に採血して血清を分離し、プラーク減少中和試験(PRNT)でウイルスの感染力を測定しています。
PRNTは、ウイルスの感染力を培養細胞で調べる方法です。ウイルスが培養細胞に感染すると、培養細胞は死んで培養皿から剥がれ落ちてしまうため、その死んだ細胞の場所がプラーク(斑点)として検出されます。このプラークの数を数えると、どのくらいの細胞にウイルスが感染したのかが「ウイルスの感染力」として分かります。この感染力を50%あるいは90%まで減少させるのに、どれほど希釈した血清を用いればよいかを、PRNT50とPRNT90で表します。すなわち、この数値が高いほど、一定の減少効果を得るのに、より多くの溶媒で血清を希釈したことになり、「血中に抗体の量が多い」ということになります。
コミナティ接種者の中和抗体価は1回目接種後に大幅に上昇し、2回目接種後にはさらに上昇しており、2回目接種後のPRNT50力価の平均値は、ワクチン接種前の力価を1として269、PRNT90力価は113でした(12名における結果)。一方、コロナバック接種者の中和抗体価は1回目接種後の上昇が小さく、2回目接種後に中程度に上昇し、2回接種後のPRNT50力価の平均値は27、PRNT90力価は8.4でした(12名における結果)。免疫原性は強くはないようですが、臨床での有効性はどうなのでしょうか?
Jaraら(2)は、2021年2月2日から5月1日までのチリの16歳以上の公的国民医療保険加入者の約1,020万人を対象に、実臨床におけるコロナバックの有効性を解析しました。ワクチン未接種者と比較して、2回目接種後の発症を抑えるワクチン効果は65.9%とコミナティなどよりは低い一方、入院予防の効果が87.5%、集中治療室(ICU)入室の予防効果は90.3%、COVID-19関連死の予防効果は86.3%と比較的高い値でした。
ワクチンの免疫原性は中和抗体価だけではもちろん推し量れません。また、チリという国の医療事情などの背景が他の国々とは異なりますから、上記の臨床における有効性の成績を、他のコロナワクチンの臨床成績と同じ土俵で直接比較することは出来ませんが、臨床における有効性は一定の高さを有するものと言えるでしょう。さらに詳細な研究が待たれます。
(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)
〔文献〕
(1)Lim WW et al:Comparative immunogenicity of mRNA and inactivated vaccines against COVID-19. Lancet Microbe published online July15, 2021
https://doi.org/10.1016/S2666-5247(21)00177-4
(2)Jara A et al:Effectiveness of an inactivated SARS-CoV-2 vaccine in Chile. New Engl J Med July 7, 2021.DOI: 10.1056/NEJMoa2107715