感染対策のポータルサイト「感染対策Online」
運営会社: Van Medical
2020.05.07 病原体

【Q&A】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療では、ステロイド薬が使われている例もあるようですが、免疫を抑制するステロイド薬を感染症の治療に使ってよいのでしょうか? 著者:渡辺 彰

 

WHOの暫定ガイドラインを含め、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にはステロイド薬を投与すべきでないとする意見が多く見られ、根拠として、ウイルスのクリアランスを遅延させたり各種の合併症を生じたり、などの報告が引用されています。しかし、その殆どが観察研究であり、重症例ほどステロイド薬が使われて死亡率が高くなる可能性が指摘されています。

COVID-19では、発症後の免疫抗体の力価が高いほど臨床的重症度が高いという報告があり(1)、2002年に出現したSARS(重症急性呼吸器症候群)でも同様の報告があります(2)。過剰な免疫の産生が高度な炎症であるサイトカインストームを起こすと考えられますが、過剰な免疫が宿主の肺組織を攻撃すればARDS(急性呼吸窮迫症候群)が起こります。COVID-19の重症例の合併症で最も多いのがARDSです(3)が、そのARDS合併例にステロイド薬の使われた症例が日本でも報告されています。

日本感染症学会のホームページに設けてあるCOVID-19の症例報告サイト(http://www.kansensho.or.jp/modules/topics/index.php?content_id=31#case_reports)には、2020年2月5日以来4月末日まで80編以上の症例報告が掲載されています。経過観察のみの例や、診断確定後あるいはECMO(体外式膜型人工肺)導入などのために専門施設へ転送されて経過が不明な例を含めると400例以上が集積されていますが、メチルプレドニゾロンを中心としたステロイド薬の投与例が23例報告されています。

入院時のショック状態や喘息症状に対して1回だけ投与されたり、症状が重篤ではない内からARDSの予防目的で投与されたりした例もありますが、多くはARDSの発現・重篤化に対し、ファビピラビル(アビガン®)などの抗ウイルス薬その他のCOVID-19治療薬および各種のARDS治療と共に、主にミニパルス療法の形で投与されています。経過・転帰の明らかな例の80%弱が改善しており、ステロイド薬の投与が病態を悪化させたと考えられる例は見当たらないようです。以上よりステロイド薬の投与は、ARDS発現例を主な対象に、抗ウイルス薬その他のCOVID-19治療薬および各種のARDS治療と共に、早期の短期間ミニパルス療法を考えてよいでしょう。

〔文献〕
(1)Huang C et al: Clinical features of patients infected with 2019 novel coronavirus in Wuhan, China. Lancet 395:497-506, 2020. doi:10.1016/S0140-6736(20)30183-5.
(2)Mei-Shang Ho et al: Neutralizing antibody response and SARS severity. Emerg Infect Dis 11:1730-1737, 2005.
(3)Guan W et al: Clinical characteristics of coronavirus disease 2019 in China. NEJM 382:1708-1720, 2020. doi:10.1056/NEJMoa2002032

著者プロフィール

渡辺 彰(わたなべ あきら)

東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授
公益財団法人宮城県結核予防会 理事長

日本感染症学会専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会指導医。東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発寄附研究部門教授・日本感染症学会理事・日本結核病学会理事長・日本化学療法学会理事長を歴任。2013年、結核医療とインフルエンザ医療に関する貢献で第65回保健文化賞,2017年、抗インフルエンザ薬の臨床開発とインフルエンザ感染症対策の推進への貢献で日本化学療法学会の第28回志賀 潔・秦 佐八郎記念賞を受賞している。

一覧へ戻る
関連書籍・雑誌
抗菌薬パーフェクトガイド ~基礎から臨床まで~

◆ これぞ待望の抗菌薬と感染症治療の決定版!!
◆ 抗菌薬の「開発の歴史」から「実際にどう使うか」までを網羅した 日常診療で感染症に
 遭遇する医師必携の一冊!

東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発研究部門 教授 渡辺 彰 編
2016年4月刊

感染と抗菌薬 Vol.23 No.1 2020 特集:感染症の発熱とその治療―患者背景からの診断・治療のコツ

編集:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授 渡辺 彰
   帝京大学医学部微生物学講座 主任教授 斧 康雄
   国立病院機構東京病院 呼吸器センター部長 永井 英明


2020年3月刊

救急医療の感染対策がわかる本

◆多種多様な患者の受け入れ、搬送から集中治療室までの場所の変遷、刻々と変わる状況など、
 多忙で非日常的な現場の事情を踏まえ、救急医療の感染対策を総合的に解説。
◆場所・経路・耐性菌・感染症・患者背景から医療従事者まで、ありとあらゆる角度から
 感染対策にアクセスできる、救急医療の現場のための一冊。

浜松医療センター 副院長 兼 感染症内科部長 兼 衛生管理室長 矢野邦夫 著
2019年10月刊