日本の死因順位は大きく変動しています。厚生労働省の死因統計で長らく第4位だった肺炎は、2011年に脳血管疾患と入れ替わって第3位になりました。ところが2017年、第3位が脳血管疾患、第4位が老衰となり、肺炎は第5位と変わりました。翌2018年には老衰がさらに増え、脳血管疾患と入れ替わって第3位になりました。老衰死亡が大きく増えているのです(1)。
老衰による死亡数は、2010年が約4万5,000人、2016年は約9万3,000人、2021年には約15万2,000人と、11年間で3.4倍に大きく増えています。しかし、この間の65歳以上の高齢者人口の増加(2010年 約2,950万人→2021年 約3,650万人)は1.24倍です。老衰死亡は、高齢者人口の増加を大きく超えて増えていますが、なぜでしょうか? ここで、肺炎の死亡数を見てみます。肺炎死亡は2010年が約11万9,000人、翌2011年の約12万5,000人がピークで、その後減り始め、2021年には約7万3,000名まで減りました。死因の第5位になった2017年は減り方が特に顕著で、2万人以上減少しました。肺炎死亡の減少と老衰死亡の増加の背景には世の中の考え方の変化があると考えていますが、それをよく示唆するのが日本呼吸器学会の『成人肺炎診療ガイドライン2017』です。
同ガイドラインでは「院内肺炎や医療・介護関連肺炎の例において反復性の誤嚥性肺炎のリスクを有しているか、種々の疾患の末期や老衰の状態では、個人の意思やQOLを考慮した治療・ケアを主眼に置き、強力な抗菌薬の投与は慎重に考える」という選択肢を新たに設けました。終末期の肺炎の例では強力な治療を控えるとしたのですが、臨床現場では以前からそうした考え方が広まってきており、死亡した際には、これを『肺炎死亡』ではなく『老衰死亡』ととらえる動きが増えてきていたのです。このガイドラインはそうした考え方に市民権を与えた、と言ってもよいと思います。「老衰死亡は実際には肺炎による死亡が多い」と以前から言われてきましたが、高齢・超高齢者の肺炎死亡はヒトの生死の自然過程の一つであり、臨床現場だけでなく世の中もこれを老衰死亡ととらえるようになってきたと言えます。
老衰による死亡は今後、さらに増えていくと思われますが、前記のガイドラインの選択肢「院内肺炎や・・・、強力な抗菌薬の投与は慎重に考える」も一つの適正抗菌薬療法であろうと考えています。
(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)
〔文献〕
(1)厚生労働省:令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況 結果の概要.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai21/dl/kekka.pdf