MDRAは「多剤耐性アシネトバクター(multiple drug resistant Acinetobacter)」の略語です。まず、アシネトバクター属について解説したいと思います。アシネトバクター属には30以上の仲間(菌種)がいます。その中で、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)が最も多く、アシネトバクター属の90%を占めています。アシネトバクター・バウマニは自然界のどこにでも住んでおり、水や土壌にも生息しています。湿潤環境が好きなようですが、食べ物や節足動物からも見つかることがあります。ヒトでは皮膚、創部、呼吸器、消化管に住み着いていることがあります。自然の乾燥した環境で1~5ヵ月生存できることから、病院にて環境表面や医療器具などに長期間付着して、院内感染を引き起こしています。
通常、MDRAというと、アシネトバクター・バウマニが耐性化したものです。その耐性機序としては「βラクタマーゼを産生し、抗菌薬を不活化する」「外膜透過孔を変化させて、抗菌薬が菌体内に入り込まないようにする」、「抗菌薬が菌体内に入り込んだ場合、排出ポンプを稼働させて、それをすぐに汲み出してしまう」「キノロン系抗菌薬が作用する部位を変異させることによってキノロン耐性となる」「アミノグリコシド修飾不活化酵素を発現することによって、アミノグリコシド系抗菌薬を不活化する」が知られています。
MDRAの院内感染は集中治療室の患者でみられることが多いです。特に、人工呼吸器が装着されている患者で問題となっています。日本の病院でのアウトブレイクの多くは海外から帰国した患者が集中治療室などに入院することによって発生しています。その他、MDRAは戦争や自然災害においても感染症を引き起こしています。実際、戦時の感染症が朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラクおよびアフガニスタン戦争で報告されています。その他、自然災害の後にもMDRAによる感染症が増加しています。2004年の東南アジアの津波、1999年のトルコ地震の後でもMDRAによる感染症が問題となっていました。
最も頻回にみられるMDRA感染症は人工呼吸器関連肺炎と菌血症ですが、その他の感染症も報告されています。この時気を付けなければならないことは、保菌と発症を明確に区別することです。喀痰からMDRAが検出されたということで、肺炎と診断できません。ほとんどの場合、保菌です。しかし、血液培養や髄液培養のような本来無菌の組織から得られた検体でMDRAが検出された場合にはMDRA感染症(菌血症、髄膜炎)と判断することができます。