MRSAは「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus)」の略語です。しかし、メチシリンのみに耐性ではありません。MRSAはメチシリンを含む多くの抗菌薬に耐性を獲得した黄色ブドウ球菌のことです。
MRSAには院内感染型と市中感染型があります。院内感染型MRSAは1980年代の後半より、国内各地の医療施設で問題となり始め、病院で分離される黄色ブドウ球菌の約半数がMRSAとなりました。しかし、最近は院内感染対策の向上によって、分離率が次第に低下してきています。院内感染型MRSAに感染している人のほとんどが何ら症状を呈しない保菌者ですが、抗がん剤治療や手術などによって抵抗力が低下すると重篤な感染症を発症することがあります。例えば、人工呼吸器にて治療されている患者の肺炎や心臓手術の後の縦隔炎などです。
市中感染型MRSAは1990年代以降に健康な成人や小児において問題となってきた病原体です。このMRSAは市中に存在している黄色ブドウ球菌が院内感染型MRSAとは異なる経緯でmecA耐性遺伝子を獲得して出現したものと考えられています。市中感染型MRSAは院内感染型MRSAとは臨床的、疫学的、細菌学的に異なっており、リスクファクター(手術や透析など)のない人において発症します。すなわち、健康人でも症状を呈することがあり、レスリングのような皮膚と皮膚が濃厚に接触するスポーツを楽しんでいる人々で伝播することが知られています。皮膚・軟部組織感染が最も多いのですが、壊死性肺炎、壊死性筋膜炎、重症骨髄炎、敗血症などの重症感染症がみられることもあります。
市中感染型MRSAにはいくつかのクローンがあり、米国ではUSA300というクローンが流行しています。USA300の大半は白血球溶解酵素(PVL:Panton-Valentine leukocidin)を産生しています。この酵素は非常に強い毒性を示します。低濃度ではアポトーシス、高濃度ではネクローシスを引き起こし、好中球などの白血球を破壊します。幸い、日本の市中感染型MRSAでPVLを産生しているのはわずか3〜5%程度です。日本で市中感染型MRSA感染症の重症例が少ないのはPVLを産生する強毒株が少ないことによるものかもしれません。