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2021.05.25 病原体

変異株B.1.1.7系統のCOVID-19肺炎症例 著者:谷垣 智美1)・藤倉 雄二1)*・2)

 

1.症例提示

【症 例】42歳男性
【現病歴】
発症18日前に同居の父がSARS-CoV-2変異株陽性であったため濃厚接触者として扱われた。入院当日に39℃台の発熱と咳嗽を認めたことから、変異株感染擬似症として行政指示で当院入院となった。
【既往歴】自閉症
【入院時現症】
BMI 23.8、体温 36.9℃、SpO2 98%(室内気)、右下肺野にわずかにfine cracklesを聴取した。
【血液検査】
赤血球 45.4万/μL、Hb 13.4g/dL、白血球 5,500/μL(リンパ球 18.1 %)、血小板 19.6万/μL、AST 40IU/L、ALT 39IU/L、LD 251IU/L、BUN 19mg/dL、Cre 0.72mg/dL、CRP 0.4mg/dL、D-dimer<0.5μg/mL
【画像所見】
胸部CT上、右上葉にわずかなすりガラス陰影を認めた。右下葉背側胸膜直下に斑状すりガラス陰影を認めた(図1)。

図1 変異株B.1.1.7系統によるCOVID-19肺炎
右下葉背側に限局性すりガラス陰影主体の肺炎像を認めた。

2.臨床経過・治療

入院当日に39℃台の発熱を認めたものの、入院時には解熱していた。入院時のSARS-CoV-2 PCR検査は陽性であり、後日のゲノム解析により変異株(B.1.1.7)と確定した。中等症Ⅰであり、抗ウイルス薬としてファビピラビル、予防的抗凝固薬としてエノキサパリンを開始した。第3病日に38℃の発熱および嗅覚・味覚障害を認めたものの、その翌日には解熱し、嗅覚・味覚障害も改善したことからファビピラビルの投与は7日で終了したものの、当時の退院基準であった2回連続のPCR検査の陰性が達成されず、最終的には第17病日まで入院が必要であった。

3.考察

2020年9月に英国南東部においてS蛋白質の複数領域にN501Yなどの遺伝子変異を有する新規系統(B.1.1.7)が確認され、12月には英国公衆衛生庁においてVOC-202012/1として特定された。英国では従来株から変異株への急速な置き換わりがみられ、現在の主流な株となった。変異株B.1.1.7系統は従来株と比較してウイルス排泄量が多く1)、またACE2レセプターとの結合能が高いことから、43~90%程度の感染力の増加に寄与している可能性がある2)。さらに、変異株は従来株と比較して重症化や致死率も高いと推定されており、比較的若年層での重症化も報告されているが、本例では重症化は認められなかった。

我が国において、急速にB.1.1.7系統をはじめとしたN501Y変異を有する変異株への置き換わりが進行している。特に現在若年者を中心に変異株による感染が拡大しており3)、本症例のような家庭内感染も増加傾向にある。家庭内へのウイルス変異株の持ち込みにより、従来株以上に効率的に高齢者や基礎疾患のある患者へ伝播することで、重症化リスクの高い患者が大量に発生することが懸念される。特に社会的活動が活発な年齢層においては、より徹底した感染防止対策の啓発が必要である。

〔文献〕
1)Frampton D et al:Genomic characteristics and clinical effect of the emergent SARS-CoV-2 B.1.1.7 lineage in London, UK: a whole-genome sequencing and hospital-based cohort study. Lancet Infect Dis, 2021, doi: 10.1016/s1473-3099(21)00170-5

2)Davies NGet al:Estimated transmissibility and impact of SARS-CoV-2 lineage B.1.1.7 in England. Science 372(6538), 2021, doi: 10.1126/science.abg3055

3)Public Health England:Investigation of novel SARS-CoV-2 variant 202012/01: technical briefing 1. 2020

著者プロフィール

谷垣 智美1)・藤倉 雄二1)*・2)(たにがき ともみ・ふじくら ゆうじ)

1)防衛医科大学校内科学講座(感染症・呼吸器) *准教授
2)防衛医科大学校病院医療安全・感染対策部 感染対策室室長

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