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2020.06.04 病原体

タイにおける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応 著者:清水 少一

 

タイは人口約7,000万人、国内総生産は約4,900億ドル(それぞれ日本の約55%、10%)の東南アジアの国で、熱帯モンスーン気候に属し、雨季(バンコクは例年5月~10月)と乾季が明確に分かれています。中国からの観光客も多く、新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)発生当初より感染拡大が懸念されていましたが、3月中旬までは新規患者数は10人未満であり、現地の医師の間では、既に流行拡大が始まっていた欧米と比べて高い気温や、人と人とが直接接触する機会の少なさがその要因と考えられていました。

しかし、3月下旬になると患者数が急増し始め(3月22日に最大188人/日を記録)、ムエタイ(タイ式ボクシング)や歓楽街での集団感染が明らかになり、3月26日には非常事態宣言が出されました。デパート・飲食店・学校の閉鎖、外国人の入国禁止措置、国内移動の制限(飛行機や鉄道の運休・県境での検問)、夜間外出禁止、酒類販売禁止、建物入場時の検温といった強力な措置が次々に実行されました。その後、4月中旬以降は新規患者数が激減、5月12日時点で1日5人未満が続き(タイ保健省 https://covid19.th-stat.com/en)、各種制限も4段階に分けて緩和されるようです。タイは措置決定から実行までが1日程度と大変短く、我々外国人はしばしば驚きと共に困惑させられます。

COVID-19の診療は、当初、マヒドン大学を含む国公立の大学や病院で対応されていましたが、現在は私立病院にも拡大されています。タイ保健省からは感染拡大以前から詳細な検査対象や治療方針のガイドラインが示されています(https://ddc.moph.go.th/viralpneumonia/eng/guidelines.php)。

病院には、建物の外に急性呼吸器感染症外来が設置され、検査や初期診療がなされています(写真:マヒドン大学熱帯医学部Hospital for Tropical Diseasesで診察する同級生のタイ人医師)。最盛期には多くの人が訪れ、炎天下の中、行列を作っていました。治療方針は当初から非常に挑戦的で、軽症でも高齢や基礎疾患等の高リスクと判断されるとリン酸クロロキンとロピナビル/リトナビル(またはダルナビル/リトナビル)の併用が5日間行われ、肺炎症例(胸部レントゲンで診断)にはリスクに関わらず、前記(クロロキンは倍量)に加えてファビピラビル(アビガン®)の3剤併用が10日間行われます。なお、初期には低リスク者にもアジスロマイシンまたはクロロキンを投与され、オセルタミビルが全例に投与されていた時期もあります。未だこれらの治療方針に関する研究報告は見当たりませんし、患者背景等の違いも検証する必要がありますが、タイでは5月12日までの致命率が1.86%(世界 6.85%, 日本4.22%)に抑えられており、確実な治療方法がない中での一つの選択肢としての可能性に注目しています。

(著者:マヒドン大学熱帯医学部臨床熱帯医学修士課程/産業医科大学医学部免疫学・寄生虫学 非常勤講師 清水 少一)

※5月14日掲載記事、再掲載

著者プロフィール

清水 少一(しみず しょういち)

マヒドン大学熱帯医学部臨床熱帯医学修士課程
産業医科大学医学部免疫学・寄生虫学 非常勤講師

医師、博士(医学)、感染症専門医・指導医、総合内科専門医、産業衛生専門医、国際旅行医学認定(CTH)、熱帯医学ディプロマ(DTM&H)。 2003年に産業医科大学医学部を卒業後、感染症内科医や専属産業医として勤務。2018年よりタイ・マヒドン大学臨床熱帯医学修士課程に留学し、無症候性マラリアの分子疫学やマラリア伝播阻止薬を研究している。きれいな海に目がない。

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