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2020.03.27 領域・分野別

今さら聞けない! 標準予防策 ⑨腰椎穿刺時のサージカルマスクの着用 著者:矢野 邦夫

 

2004年、米国疾病管理予防センター(CDC)は8件のミエログラフィー(脊髄造影)後の髄膜炎の患者を調査しました。すると、全ての患者の血液や髄液から口腔咽頭細菌叢にみられる連鎖球菌が検出されたのです。腰椎穿刺の記録を調べてみると、皮膚消毒薬および滅菌手袋は確実に用いられていました。また、これらの処置で用いられた器具や器材(造影剤など)が汚染源になる可能性もありませんでした。しかし、医師の誰もが、マスクをしていなかったのです。そのため、口腔咽頭の細菌叢の飛沫がこれらの感染を引き起こしている可能性が高いと判断されました。すなわち、腰椎穿刺をしている医師の口や鼻からの飛沫によって、腰椎穿刺の器材や周囲環境が連鎖球菌によって汚染され、そのまま穿刺することによって、病原体が髄腔内に入り込み髄膜炎が引き起こされたと推定されたのです。

このような髄膜炎の事例は他にもあります。5人の女性が分娩時の脊椎麻酔後24時間以内に髄膜炎を発症し、1人が死亡したという事例がありました。そして、4人の患者でストレプトコッカス・サリバリウス(唾液連鎖球菌と呼ばれている)が原因菌であることが確認されました。これはヒトの口腔、咽喉、および鼻咽腔中に見出される細菌であることから、これらの事例もまた、麻酔時に医師がマスクを着用していないことが原因であると推定されました。ストレプトコッカス・サリバリウスは脊椎麻酔後の髄膜炎の原因菌の50~60%を占めています。

実際、腰痛穿刺をする時、医師は介助の看護師に「患者の体を少し移動させてほしい」「麻酔薬を取ってほしい」「検体採取用のスピッツを取り出してほしい」などと声をかけて依頼します。この時、口腔から飛び出す唾液の飛沫が腰椎穿刺に用いる器具に向けて飛散し、それらが術者の口腔内の連鎖球菌によって汚染するのです。それによる髄膜炎を防ぐために、「脊髄内や硬膜外にカテーテルを挿入するか薬剤を注入する時には(ミエログラム、脊髄麻酔または硬膜外麻酔など)、術者はサージカルマスクを着用する」ということが推奨されました。すると、髄液検査のために髄液を採取するだけの場合にはサージカルマスクの着用は必要ないことになります。ところが、腰椎穿刺をする時に「サージカルマスクの着用が必須の腰椎穿刺」と「必ずしも必須でない腰椎穿刺」が存在することになり、臨床現場は混乱します。そのため、病院での感染対策マニュアルでは「腰痛穿刺をする時には術者はサージカルマスクを着用する」と明言することが望ましいと言えます。

著者プロフィール

矢野 邦夫(やの くにお)

浜松医療センター 院長補佐 兼 感染症内科部長 兼 衛生管理室長

インフェクションコントロールドクター,日本感染症学会専門医・指導医。感染制御の専門家として多くの著書・論文を発表している。主な書籍に「救急医療の感染対策がわかる本」,「知って防ぐ!耐性菌 ESBL産生菌・MRSA・MDRP」(ヴァン メディカル刊)など。

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