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2021.12.08 病原体

新型コロナが普通の風邪に変わる道筋が見えた?―オミクロン株が通常風邪ウイルス遺伝子の一部を獲得か 著者:渡辺 彰

 

急速に増加中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新たな変異株のオミクロン株では、宿主細胞に感染する役割のS蛋白質に30種類以上の変異が起こって感染性が格段に上がったようであり、2回のワクチン接種を完了した人も容易に感染しています。一方で、詳細な解析はまだなので結論はできませんが、入院や重症化のリスクは低いようです。デルタ株などとはかなり様相が異なりますが、なぜでしょうか?

興味ある仮説が出ました。2021年12月2日に査読前論文サイトのOSF preprintに掲載された「オミクロン株は通常の風邪ウイルスなどが持つ遺伝子配列の一部を取り込んだ」という論文です(1)。査読前の論文であることに注意が必要ですが、この遺伝子配列は、風邪ウイルスを含む多くのウイルスや、ヒトのゲノム(全遺伝情報)にも含まれるため、オミクロン株はヒトの免疫からの攻撃を免れやすくなったというものです。また、通常の風邪ウイルスであるコロナウイルスのHCoV-229Eや多くのHIV(エイズウイルス)もこの遺伝子配列を持っているとのことです。

この仮説が正しければ、オミクロン株がデルタ株より感染性が高いとみられる点や、病原性はあまり高くなさそうだという現時点の知見を裏付けるものといえます。ヒトのゲノムにも含まれるため、オミクロン株が自分を「より人間らしく」見せかけて免疫からの攻撃を回避していると思われますし、風邪や新型コロナなどの感染症の症状はヒトの免疫物質による生体の反応ですから、免疫の攻撃が弱ければ症状も軽微で済みます。ウイルスも、ヒトの免疫の攻撃が弱ければ生き延びることができます。

新しく出現した感染症が、初期に多くの死亡者を出しても、次第に病原性が弱まって死亡率も下がっていくことは歴史的にもよく見られます。15世紀末に新大陸からヨーロッパなどに侵入した梅毒や、1918年に出現して世界中で4,000万人以上を死亡させたスペイン風邪も、低病原性化してヒトと共存する道筋をたどってきました(2)。その過程がどのように起こるのかについては、今まではよく分かっていませんでしたが、今回の研究はその道筋を解明するものかも知れません。ほかにもいろいろな手段があるのかも知れませんが、今回の新型コロナも、感染性が強くなると同時に病原性が弱くなって、併せてヒトの免疫からの攻撃を回避しやすい変異株が何回か出てくると、いずれは普通の風邪になる可能性があり、オミクロン株はその第一歩かも知れません。注視していく必要があります。

なお、「遺伝子配列の取り込みがどのように起こったか?」ですが、研究グループは、免疫力を低下させて風邪ウイルスやその他の病原体に感染しやすくなるエイズが高率に蔓延しているアフリカ南部で、同じ宿主細胞に感染した2つのウイルスがその複製の際に遺伝子組み換えを起こしたのではないか、と推論しています。

(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)

〔文献〕
(1)Venkatakrishnan AJ et al:Omicron variant of SARS-CoV-2 harbors a unique insertion mutation of putative viral or human genomic origin. https://www.reddit.com/r/COVID19/comments/r8bmie/omicron_variant_of_sarscov2_harbors_a_unique/
(2)渡辺 彰:オミクロン株は普通の風邪への第一歩か?―新型コロナ変異株の未来予測.感染対策Online 2021-12-06、https://www.kansentaisaku.jp/2021/12/3399/

著者プロフィール

渡辺 彰(わたなべ あきら)

東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授
公益財団法人宮城県結核予防会 理事長

日本感染症学会専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会指導医。東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発寄附研究部門教授・日本感染症学会理事・日本結核病学会理事長・日本化学療法学会理事長を歴任。2013年、結核医療とインフルエンザ医療に関する貢献で第65回保健文化賞,2017年、抗インフルエンザ薬の臨床開発とインフルエンザ感染症対策の推進への貢献で日本化学療法学会の第28回志賀 潔・秦 佐八郎記念賞を受賞している。

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