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2021.05.14 病原体

目で見る病原体 ⑨多剤耐性アシネトバクター・バウマニ

著者:斧 康雄


症例1 気道吸引痰のグラム染色像:MDRAのコロニゼーション例

【症例1】

70歳の女性で、悪性リンパ腫に対して数年前から化学療法を受けていましたが、呼吸不全のため入院し、人工呼吸器が装着されました。入院時は体温36.2℃、血圧112/66mmHg、脈拍76/分、SpO2 97%で、血液検査ではWBC 8,100/μL,CRP 2.3mg/dLと軽度の炎症所見を認め、軽度の肝機能障害と腎機能障害、低蛋白血症を認めました。また、仙骨部に褥瘡を認め、NT-proBNP 4,170pg/mLであり、心エコー検査や胸部X線検査で心不全、肺水腫と診断し、利尿薬の投与を開始しました。気道吸引痰のグラム染色で、少数の炎症細胞と口腔内常在菌とともに小さなグラム陰性の球菌/球桿菌が集簇してみられましたが、好中球による菌の貪食像はみられませんでした。本例は、発熱もなく、血液検査や画像所見などから総合的に判断し、コロニゼーション(コロニー形成)と考えました。吸引痰のグラム染色と同時に実施した培養検査で多剤に耐性を示す多剤耐性アシネトバクター・バウマニ(Multidrug-Resistant Acinetobacter baumannii:MDRA)が分離されました。

 


症例2 喀痰のグラム染色像:MDRAの気道感染例

【症例2】

63歳の男性で、MDRAの気道感染例です。喀痰のグラム染色で多数の莢膜を有するグラム陰性の球菌/球桿菌と、好中球の浸潤および一部に貪食像がみられます。

A. baumanniiなどのアシネトバクター属菌は、土壌、河川水などの自然環境だけでなく、院内環境やヒトの皮膚からも分離される好気性のブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌です。本菌の病原性は弱く、健常人には感染症を起こすことは少ない弱毒菌と考えられていますが、湿性および乾性のいずれの環境中でも長期間生存可能であるため、院内感染として免疫能低下患者に重篤な感染症を起こすことが知られています。特に、人工呼吸器関連肺炎 (Ventilator-Associated Pneumonia:VAP)、カテーテル関連血流感染症、尿路感染症、創部感染症などの起炎菌として重要です。A. baumanniiは、グラム陰性桿菌に分類されますが、喀痰、膿汁などの検体をグラム染色して鏡検すると、赤色に染まる球菌や球桿菌として観察されます。その形態は多様で、症例2のように莢膜が比較的鮮明に確認できる場合もあります。喀痰などの気道由来検体のグラム染色では、インフルエンザ菌やナイセリア属菌との鑑別が必要と思われます。近年、海外においてMDRAによるVAPや血流感染症、創部感染症などの医療関連感染症が大きな社会問題となっています。

〔画像出典〕
斧 康雄ほか:Gram strain 16.感染と抗菌薬 13(4):307-308,2010

著者プロフィール

斧 康雄(おの やすお)

帝京平成大学健康メデイカル学部 教授・副学長/帝京大学医学部 名誉教授

感染症専門医/指導医、総合内科専門医、消化器病専門医、抗菌化学療法指導医、ICDなど。徳島大学医学部1981年卒業、医学博士(東京大学)。