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2020.06.18 病原体

一般住民の新型コロナウイルス抗体保有調査の結果から考える

著者:渡辺 彰

6月初旬に厚生労働省が行った一般住民の新型コロナウイルスに対する抗体保有調査の結果が公表されました。性や年齢などを調整しながら無作為抽出されて同意を得た東京・大阪・宮城の計7,950名のIgM及びIgG抗体を、アボット社とロシュ社の2つの方法で測定し、2つが同時に陽性となった場合を陽性とするものです。ただし、抗体が陽性でも、その感染防御の効率や持続期間が現時点で不明なことは銘記しておくべきです。

抗体陽性率は、東京で0.10%(2/1,971)、大阪0.17%(5/2,970)、宮城0.03%(1/3,009)でした。公表済みの累積感染者の率は各々0.038%、0.02%、0.004%ですから、その10倍近くは感染していたことになります。3都府県を合わせての抗体陽性率(0.1%、8/7,950)は諸外国と比べて極めて低い値ですが、抗体検査自体には信頼性があると思われます。対象や方法は少しずつ異なりますが、4月には、ニューヨークの約3,000名の市民の13.9%、カリフォルニアでも4.1%が抗体陽性で、わが国の結果と同様に、公式報告の感染者数の10倍前後が感染しているようだとされていました。実際の感染者の14%が有症状というScience誌のモデル(1)ともほぼ適合します。

わが国の抗体保有率が低いことは何を意味しているのでしょうか? 批判はありながらも、わが国の感染対策が効果的だったのでしょうか? わが国の疫学データは欧米と比べて大きく異なりますが、それが理由で免疫の面でもこのように異なるのでしょうか? そもそもIgMやIgGのみが免疫なのでしょうか? 対象病原体を問わずに生体にあらかじめ備わっている自然免疫や、新型コロナウイルスの感染経路でもある気道の粘膜免疫などは作動しないのでしょうか? 人種や民族間で免疫の差はないのでしょうか? 疑問は尽きませんが、今後の検討が待たれます。

いずれにしろ、代表的な免疫であるIgM/IgG抗体の保有率がまだ低いわが国では、予想されている第2波以降の流行が第1波同様に欧米より小さくて済む、と考えるのは早計かもしれません。長引くことも想定した対処が必要です。

(著者:東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会 理事長 渡辺 彰)

〔文献〕
(1)Li R et al:Substantial undocumented infection facilitates the rapid dissemination of novel coronavirus(SARS-CoV-2). Science 368:489-493, 2020

著者プロフィール

渡辺 彰(わたなべ あきら)

東北文化学園大学医療福祉学部抗感染症薬開発研究部門 特任教授
公益財団法人宮城県結核予防会 理事長

日本感染症学会専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会指導医。東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発寄附研究部門教授・日本感染症学会理事・日本結核病学会理事長・日本化学療法学会理事長を歴任。2013年、結核医療とインフルエンザ医療に関する貢献で第65回保健文化賞,2017年、抗インフルエンザ薬の臨床開発とインフルエンザ感染症対策の推進への貢献で日本化学療法学会の第28回志賀 潔・秦 佐八郎記念賞を受賞している。