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2021.07.30 病原体

東南アジアの熱帯感染症に対する新型コロナウイルスの影響 著者:清水 少一

 

2020年にパンデミックに発展した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、それ自体の疾病負荷のみならず、COVID-19に対する感染予防行動や治療、医療資源の再編などの影響によって、今後直接的・間接的に疾病構造を変える可能性がある。本記事ではCOVID-19の東南アジアにおける熱帯感染症への影響を考察する。

1.渡航制限の影響

COVID-19のパンデミックに伴い、各国で海外渡航が著しく制限され、日本での輸入感染症の報告数は大きく減少した1)。報告義務のない輸入感染症(一部の蠕虫症など)も同様に減少したと考えられる。ただし、これは輸入感染の輸入元、つまり当該感染症の発生地では全く逆の様相を呈する可能性がある(後述)。もし発生地でこれらの感染症が増加すれば、渡航制限の緩和に伴い輸入感染症例はCOVID-19のパンデミック以前より増加する懸念がある。

2.COVID-19に対する感染予防行動や治療の影響

COVID-19では特に飛沫および接触感染の予防が重視される。手指衛生による予防効果が一部見込める疾患としては、経口感染する旅行者下痢症である腸チフス・パラチフス、回虫症や鞭虫症が挙げられる。ただし、これらは食品の中に含まれる病原体による感染も多く、手指衛生と共に非加熱の食品や生水を避けるといった経口感染予防対策も重要である。実際、アルコールジェルによる手指衛生が旅行者下痢症のオッズ比を0.54に減少させたとする報告2) もあるものの、否定的な論文も少なくない。なお、蠕虫卵は頑強な卵殻を有しており、一般的な細菌やウイルスと異なり、アルコール消毒がほとんど無効と考えて良い。手指衛生の基本は、やはり手洗いによる病原体の洗い流しである。

一方、COVID-19パンデミックに対する都市封鎖に伴う外出制限の効果として、デング熱が減少したという報告3) もあれば、COVID-19への公衆衛生リソースの集中によってデング熱が見逃されているという指摘4) もある。都市封鎖の効果は国の制度によるところが大きいことは、パンデミック初期に実施された中国のロックダウンと日本の“緊急事態宣言”を比較するだけでも想像に難くない。しかし、医療資源の再編による対策の後回しや国際協力の減少は確実に発生すると思われ、デング熱だけでなく、マラリアやリンパ系フィラリア症などの蚊媒介感染症については、今後実質的に増加する可能性が高いと考えられる。ただし、患者数の報告は前述のように過小評価される可能性もあり、一見して減少しているような地域でも注意が必要である。なお、外出制限が有効に実施されれば、狂犬病とそのリスクがある動物咬傷は減少することが期待される。

また、COVID-19に対する治療では抗ウイルス療法と共にステロイドによる免疫抑制も必要となる場合が少なくない。免疫抑制は糞線虫症や内臓リーシュマニア症(カラアザール)、クリプトスポリジウム症の重症化の原因となり得る。

3.経済的損失の影響

熱帯感染症は寄生虫症など、その多くが先進国では発生していない「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases:NTD)」であり、これらは貧困との関連が指摘されている。これまで国際協力の下で対策が行われてきたが、COVID-19の発生以降は、人々の国際的な往来の制限や都市封鎖などが行われた結果、経済的損失が拡大し、特にもともと脆弱な経済基盤を持つ国々では経済的な影響の長期化が予測されている。それに伴い貧困の深刻化、国際支援の機会や金額の減少は避けられず、今後NTDを中心に熱帯感染症の増加が予測されている5)。感染症対策そのものももちろん大切だが、貧困対策や地域の開発が結果的にはこれらの疾患を減らすためにはより有効なのかもしれない。

〔文献〕
1)国立感染症研究所:感染症発生動向調査 週報(IDWR) https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html(2021年7月27日アクセス)

2)Kuenzli E et al:Impact of alcohol-based hand-gel sanitizer and hand hygiene advice on travellers’ diarrhoea and colonization with extended-spectrum beta-lactamase-producing Enterobacteriaceae: A randomised, controlled trial. Travel Med Infect Dis 32:101475, 2019, doi: https://doi.org/10.1016/j.tmaid.2019.101475

3)Jiang L et al:Decreased dengue cases attributable to the effect of COVID-19 in Guangzhou in 2020. PLoS Negl Trop Dis 15(5):e0009441, 2021, doi: 10.1371/journal.pntd.0009441

4)Rabiu AT et al:Dengue and COVID-19: A double burden to Brazil. J Med Virol 93(7):4092-4093, 2021, doi: https://doi.org/10.1002/jmv.26955

5)Hogan AB et al:Potential impact of the COVID-19 pandemic on HIV, tuberculosis, and malaria in low-income and middle-income countries: a modelling study. Lancet Glob Health 8(9):e1132-e1141, 2020, doi: 10.1016/S2214-109X(20)30288-6

著者プロフィール

清水 少一(しみず しょういち)

産業医科大学医学部免疫学・寄生虫学 講師

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