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2023.04.14 病原体

手洗い推進における無添加石けんの意義 著者:大庭奈未代1),2)・竹中博美2)・松本哲朗2)

 

■はじめに

手指衛生は,微生物の伝播を防ぐ手段として推奨されている基本的かつ最大の感染対策である。近年は新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)のパンデミックが推進力となり,手指衛生を実践することの大切さが再認識された。

手指衛生は肉眼的な手の汚染の有無や微生物の特性を考慮したうえで,石けんと流水または擦式アルコール含有手指消毒剤(alcohol based hand rub:以下,ABHR)を使い分けていく(1)。しかし,手指衛生製剤の持続的な接触は皮膚の乾燥や炎症を引きおこす要因(2)や,医療従事者の手指衛生を躊躇させる誘因にもなり得る。

米国疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention;以下,CDC)は『医療現場における手指衛生のためのガイドライン』(以下,CDCガイドライン)で,手指衛生製剤を1回の勤務時間帯に複数回使用する場合は,とくに炎症惹起性が低く,効能の高い手指衛生製品をスタッフに提供することを推奨している(3)。

福岡新水巻病院(以下,当院)では,過去に複数回発生したアウトブレイクを機に,手指衛生製剤の変更を含めた手指衛生推進の取り組みを行った。今回はその取り組みを振り返ると共に,手洗い推進における無添加石けんの意義を一考したい。

 

■当院における手指衛生の実態

1.取り組み以前の手指衛生の状況

当院は手指衛生推進に向けて,ポスターの掲示や監視,病棟のABHRの払い出し量のモニタリングを行っていたが,全く手ごたえはなく,部署によってはABHRの開封後の使用期限切れも多く認めていた(1,2)。さらに,Clostridioides difficileやインフルエンザのアウトブレイクも発生し,手指衛生が十分に実践できていないことが推測された。アウトブレイクを繰り返さないためには,微生物の水平伝播を防ぐために,平常時から手指衛生の方法を場面に応じて使い分けることや,必要なタイミングで手指衛生を実践する必要がある。しかし,頻繁な手指衛生製剤への接触は,程度は様々であれ,手荒れの問題が発生し,実践の障壁となることもある。そこで,当院は手指衛生推進の前段階として手指衛生製剤の再選択をおこなった。

図1 ABHR使用量推移2017年~2022年

 

図2 バブルガード使用量推移2017年~2022年

 

[1]ABHRの選択

ABHRはCDCガイドラインにおいて利便性や細菌やウイルス等の病原体への有効性から第一選択として推奨されている。当院は塩化ベンザルコニウムを主成分とした手指消毒製剤を使用していたため,まず,保湿剤入りのABHRに変更した。次に,個人の使用感に合わせられるように,液状,ジェル,泡の製品を採用し個人が自由にABHRを選択できるようにした。とにかく,ABHRを使用する医療従事者を増やしたい感染管理者の心情である。

[2]石けん製剤の選択

石けん製剤の選択基準は,①皮膚への刺激が低く,皮膚疾患をもつ職員が安心して使用できることとした。また,ABHRに変更しても,すぐに手指消毒使用量増加は見込めないことを想定した。「石けんと流水による手洗い」は,アルコールに抵抗性をもつ微生物への感染対策として推奨されているが,加えてトイレの使用後や食事の前などの「日常手洗い」の方法でもある。医療従事者だけでなく,患者や家族にもより抗ウイルス効果が高いとされている製品を使用してもらうことが,手指衛生推進の一助となるのではないかと考え,②微生物を不活化させる効果がより高い製品を選択することにした。そこで,後述するアンケート結果を考慮し,NPO法人北九州感染制御ティーム(以下,KRICT)において,医療従事者における手荒れ予防に関する研究結果が報告されていた『手洗いせっけん バブルガード』(以下,バブルガード)の導入を組織に提案した。

① 皮膚への刺激が低く,皮膚疾患をもつ職員が安心して使用できる

バブルガードは,天然油脂を原料として作られた無添加石けんである。同製品には天然油脂に含まれるグリセリン(保湿成分)が含まれている。また,殺菌剤や香料などの添加物が含まれていないため(4),選択基準に該当していると考えた。また,KRICTが医療関連施設を対象に行った調査研究においても,無添加石けん使用後は,医療スタッフの手荒れの状態が悪化していないことや手荒れ予防に効果があることが示唆されている(5)。

② 微生物を不活化させる効果がより高い

一般的な石けん製剤がもつ抗ウイルス効果については,主成分である界面活性剤がウイルス表面にある脂質の膜を融解させ,ウイルスを破壊することが作用機序であると考えられている。バブルガードの作用機序については,膜脂質を融解することに加えて,主成分であるオレイン酸カリウムがインフルエンザウイルスのスパイクタンパクに吸着し宿主細胞への侵入を防ぐことが示唆されている(6)。また,オレイン酸カリウムは,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対しても抗ウイルス効果を持つことが明らかとなっている(7)。

 

■手洗いの推進に向けて

1.啓発と教育

手指衛生を適切な量で手順通り実施できる職員を増やすことを目的に,コロナ禍においては,感染対策チーム(ICT)が職員ひとりひとりの手順をラウンドで確認した。部署の職員全員が合格した時点で,部署長を表彰している(3)。集合教育と比較し労力は掛かるが,職員のモチベーションや手荒れの状態を確認することができる。ラウンドのフィードバックは電子カルテや広報誌を活用し発信している。

図3 手指衛生表彰とブラックライトツアー

 

2.手洗い推進のためのブラックライトツアー

共用トイレをブラックライトで照射し,尿の飛散や高頻度接触面の汚染を確認する教育ツアーを行っている。目に見えない環境の汚染を実際に確認することで,排泄後の手洗い方法を見直す機会になっている。さらに参加者がブラックライトを持ち帰り,主体的に自部署のスタッフに教育を行う姿も見られている。このような教育の場は感染対策の現状を聞き取れる情報共有の場にもなっている(3)。

3.他部門の協力

COVID-19の感染拡大と各部門長が発信した「患者と関わるのは看護部だけではない」の一言が推進力となり,事務部や医療技術部の所属長が主体的に手指衛生の啓発やABHR使用量のモニタリングやラウンドを行っている。

4.COVID-19感染拡大に伴う物資不足への対応

COVID-19感染拡大において輸入制限や製造停止によるABHRの不足が問題となったが,無添加石けんの導入はその問題を補うのに役立った。

 

■手指衛生の現状:アンケート結果から

2022年12月に医療従事者の手指衛生行動の変化と手荒れの状況を調査する目的で職員に質問紙を用いた調査を行った。質問紙は,電子カルテ機能を用いて閲覧と回答を得た。結果,職員の半数以上が手指衛生回数はとても増えた,やや増えたと回答した。手荒れは,やや手荒れしているとの回答が多く(4),その原因はABHRの使用と頻繁な手洗いであると考えられた(5)。職種別では,看護部,医療技術部,事務部の順に手荒れしている傾向が強く,医師の手荒れは少ない傾向にあることが分かった(6)。医師の手指消毒の方法が良いのか,あるいは手指衛生の頻度が少ないためなのかは検討を要する。COVID-19流行下で職員が石けんに求めるものはウイルスなどを不活化するもの,手肌に優しいものとの回答が多く得られた(7)。

図4 手荒れの状態

 

図5 手荒れの原因と考えるもの

 

図6 職種別の手荒れの状態

 

図7 石けんに求めるもの

 

■COVID-19流行による地域での手指衛生の変化

COVID-19流行下において,政府や行政機関,医療従事者等は,ソーシャルディスタンスやマスクの着用と共に,手指衛生などの感染防止策の重要性を啓発した。KRICTが医療施設の職員に対して行ったアンケート調査においても,ほぼすべての職員が手指衛生の回数が増加したと回答している。なかでも,ABHRによる手指消毒が増加し,石けんと流水による手洗いはむしろ減少傾向となった。ABHRの使用回数の増加は,殺菌力に加え,使用の手軽さや設置場所の拡大が誘因になったと考える。

しかし,手指消毒の増加により,多くの施設の職員が手荒れを自覚していることも示唆された。手荒れによる皮膚の細菌叢の変化は,細菌が皮膚に付着しやすい状態をつくり,感染防止に悪影響を及ぼすことが知られている。また,学校教育現場や食品衛生現場において指導している『手洗い』とは,石けんと流水によるものである。今後は,手荒れが少なく,安心して使用できる無添加石けんの有用性がさらに高まることを期待したい。

 

■考察

近年,医療現場ではCOVID-19の感染拡大を阻止することに重点が置かれ,ABHRの使用量はより増加した。また,この医療従事者の行動変容は,自分が感染することに対する不安やクラスターの経験が動機づけになったと推測する(8)。

しかし,手指衛生の機会が増え,手荒れを自覚する職員が変わらず存在していることも事実としてある。その原因が,「流水と石けんによる手洗い」なのか,頻繁な「手指消毒」なのかは,今後の検討を要するものであるが,「流水と石けんによる手洗い」は,皮脂膜を洗い流すため,ABHRよりも皮膚へのダメージがあるとされている。よって,手指衛生を推進させるためには,手荒れを想定したうえで,少しでも手荒れが抑えられるように,より手に優しい石けんの導入を提案していく配慮も必要である。また,今後COVID-19で増加したABHRの使用量は減少してくことも推測されるため,より抗ウイルス効果が高い石けんを選択することは,アウトブレイク対策の一助になり得る。

今後,感染対策を風化させないためには,行動変容が習慣となるようにどうアプローチしていくかが重要であるが,感染管理者はガイドラインに準じた手指衛生製剤の使い分けを,一方的に押し付けるのではなく,組織のハード面や対象などの背景を考慮したうえで,石けんとABHRの長短相補う使い分けの方法を提案していくことも必要である。そして最も手洗い推進に大切なことは,感染管理者が,どこまで柔軟に手指衛生に対して思考することができるか,楽しむことができるかであり,今回,手指衛生製剤の選択は,感染対策推進の大きな一歩になり得る。

 

■おわりに

当院の背景やニーズに無添加石けんの導入は適しており,手指衛生推進の観点からも手指衛生製剤の再選択を行ったことは有効であったと考える。

 

Reference

(1)満田年宏監訳:医療現場における手指衛生のためのCDCガイドライン.イマ インターナショナル,東京,2003,p49

(2)真田弘美,安部正敏,小林直美ほか:スキンケアの基本的な技術.スキンケアガイドブック(一般社団法人日本創傷・オストミー・失禁管理学会 編),照林社,東京,2017,p23-30

(3)満田年宏監訳:医療現場における手指衛生のためのCDCガイドライン.イマ インターナショナル,東京,2003,p51

(4)シャボン玉石けん株式会社.https://www.shabon.com

(5)宮崎博章,溝口裕美,元石和世ほか:無添加脂肪酸カリウムを用いた手洗いせっけんの手荒れ予防に関する調査研究.INFECTION CONTROL 26(12):1282-1288,2017

(6)Kawahara T, Akiba I, Sakou M et al:Inactiation of human and avian influenza viruses by potassium oleate of natural soap component through exothermic interaction. PLoS ONE 13(9):e0204908, 2018 https://doi.org/10.1371/journal.pone.0204908

(7)川原貴佳:界面活性剤の抗ウイルス効果と作用機序の解明.C&I Commun 46(1):7-10,2021

(8)TOTO株式会社:コロナ禍における病院内の衛生意識・行動に対する変化と課題.2022年3月25日 https://jp.toto.com/company/press/2022_03_25_04/


掲載:感染対策ICTジャーナル Vol.18 No.2 2023 p.142-147
「⑪手洗い推進における無添加石けんの意義」(特集:施設・場面など特性に合わせた 感染対策の工夫)

著者プロフィール

大庭奈未代1),2)・竹中博美2)・松本哲朗2)(おおばなみよ 他)

1)社会医療法人財団池友会福岡新水巻病院 院内感染対策室 主任
2)NPO法人北九州感染制御ティーム(NPO-KRICT)

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