感染対策のポータルサイト「感染対策Online」
運営会社: Van Medical
2022.04.21 病原体

院内感染対策としての石けんによる手洗いの重要性と取り組み 著者:橋本昌宜 1)・浅井さとみ 2)・宮地勇人 3)

 

はじめに

手指衛生の遵守は,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの薬剤耐性菌による医療関連感染を抑制するとの報告が数多くされており,医療従事者を介した水平感染リスクを低減させる有用な手段である(1)。手指衛生の種類は「アルコールによる手指消毒」と,「石けんと流水による手洗い」に大別される。2002年に米国疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)より公表された『医療現場における手指衛生のためのガイドライン』での第一推奨は「アルコールによる手指消毒」とされ,現在の医療機関での手指衛生の主流となっている(2)。

「アルコールによる手指消毒」は,手指衛生の最も主要な方策とされている。その理由は,薬剤耐性菌を含むグラム陽性球菌やグラム陰性桿菌,結核菌,真菌,ウイルスなどほとんどの病原体への優れた「有効性」,患者ケアの場へ配置・携帯し,必要な場面で適応できる「利便性」,さらには皮膚を保護し水分を保持する成分が添加された「保湿性」を合わせ持つことである。しかしながら,アルコールの消毒効果は血液・体液などによる汚染がある場合,減弱する。また,アルコールによる効果が期待できない病原体の種類として,Clostridioides difficile(CD)などの芽胞形成菌やノロウイルスなどのノンエンベロープウイルスがある。これらによる医療関連感染を抑制するためには「アルコールによる手指消毒」では不十分であり,「石けんと流水による手洗い」を適切な場面で着実に実施できることが肝要である。

東海大学医学部付属病院(当院)では,手指衛生における液体石けん(ハンドソープ)の有効性の認識に基づき,その運用展開を図ってきた。本稿では,「石けんと流水による手洗い」を中心に,組織的な手指衛生戦略とその取り組みについて当院での具体例をあげて概説する。なお,本稿で用いる「石けん」は液体石けん(ハンドソープ)のことを指し,「固形石けん」は含まない。

「石けんと流水による手洗い」が優先される場面とその効果

2009年に世界保健機関(World Health Organization:WHO)が公表した『医療における手指衛生ガイドライン』では,「アルコールによる手指消毒」よりも「石けんと流水による手洗い」が優先される場合として,次の3点を掲げている(3)。①血液や体液など手指に目に見える汚れが存在する場合,②トイレを使用した後,③Clostridioides difficile(CD)などの芽胞形成菌やノロウイルスなどのノンエンベロープウイルスへの曝露が強く疑われるか証明された場合,である。感染管理部門が特に対策を講じる必要があるのは,CDやノロウイルスによる感染症または保有状態,特に下痢や嘔吐の消化器症状を有する患者への対策である。Clostridioides difficile infection(CDI)の発生は死亡率や医療コストを上昇させ,患者の予後や医療経済へ非常に大きな影響を与える。2012年から2016年の間における米国の調査によると,併存疾患としてCDIを発症した場合の追加医療コストは平均US$ 11,938,追加在院日数は4.4日であり,院内死亡率を平均4.1%増加させたと報告されている(4)。また,ノロウイルスによる感染性胃腸炎はしばしば医療施設や介護施設でアウトブレイクを起こし,感染制御に困難をきたすことが知られている。「アルコールによる手指消毒」のみでは医療従事者の手指を介したCDやノロウイルスなどの水平伝播を抑制できない可能性がある。そのような病原体が想定される場合,一般的には石けんと流水でしっかり手を洗い,物理的に洗い流すことが重要である。

当院では,患者の状態を細かく把握している医師や看護師をはじめ,病棟に時折訪れる様々な職種(看護助手・薬剤師・診療放射線技師・管理栄養士・リハビリテーション技師など)や患者家族,見舞客も含めて漏れなく「石けんと流水による手洗い」を正しく実施できるよう,ベッドサイドに専用の感染対策表示プレートを掲示している(図1)。「石けんと流水による手洗い」が必要なCDやノロウイルスなどの病原体を保有している患者の場合であっても,ベッドサイドではWHOが推奨する手指衛生5つのタイミングで「アルコールによる手指消毒」を実施する。CDやノロウイルスなどの病原体はアルコールに抵抗性が高いことをスタッフが理解し,ベッドサイドを離れた後には石けんと流水で手洗いをする必要があると認識することが最も重要である。「水道が近くにないため,手指衛生ができないことはやむを得ない」との誤解が生じないように,ベッドサイドでの「アルコールによる手指消毒」の教育と環境整備を同時に指導している。また,病原体が同定されない場合も多々あることから,下痢や嘔吐の消化器症状を有する患者の処置後には,「石けんと流水による手洗い」を統一して加えることにしている。

図1 感染対策表示プレート
手指衛生および個人防護具の着脱を正しい順序で実施できるよう,患者ベッドサイドに掲示している。

 

石けんの選定に必要な要素

WHOが発表した『医療における手指衛生ガイドライン』では,手指衛生剤の選択について,手荒れを起こしにくい効果的な製品を選択することや,感触や香りに関して使用者へ感想を求めることを勧告している(3)。当院では本ガイドラインを参考に,以下の要素を重視し石けんを選定した。石けん成分量が多く洗浄力があることを最重要とし,他の要素として,❶手に優しく使いたくなる感触であること,❷泡(フォーム)タイプであり,1プッシュで手洗いに十分な量が押し出されること,❸プッシュ時に安定感があること,❹アレルギーや手荒れの原因となる可能性が低いこと,❺強い香りがないこと,をあげた。院内感染対策室スタッフをはじめ多くの医療従事者で複数のサンプルを使用した結果,前記の要素をすべて満たしている「手洗いせっけん バブルガード」(シャボン玉石けん㈱)が選定された(図2)。本製品はカリ石ケン素地(天然油脂)からけん化法により作られる石けんで,天然由来の保湿成分であるグリセリンが含まれるため,しっとりとした洗い上がりになること,酸化防止剤・着色剤・香料・合成界面活性剤が非含有であることが特徴である。本製品と他社の主要な2製品に含有されている成分・添加剤を示す(表1)。市販されている一般的な石けんの多くに含有されている合成界面活性剤や添加剤は,アレルギー症状,手荒れ,香害の原因となることが懸念される。サリチル酸やイソプロピルメチルフェノールなどの抗菌活性成分を含有している製品は,抗菌成分自体もアレルギーや手荒れなどの原因となりうる。米国食品医薬品局(FDA)が2016年に抗菌活性を有するトリクロサンなどの19成分を販売禁止にしたことは記憶に新しい(5)。この理由として,抗菌石けんの使用により感染症が減少するという臨床上のベネフィットが証明されていないこと,耐性菌を発生させるリスクが高いことがあげられている。厚生労働省はこのFDAの措置を受けて,対象成分を含有しない製品への切り替えを促した経緯がある(6)。含有される抗菌活性成分や添加剤が及ぼす臨床上のメリット・デメリットを十分考慮したうえで石けんを選定することが望まれる。また,継ぎ足し使用によるグラム陰性桿菌汚染のリスクや業務の煩雑化を考慮して,詰め替え用製品を導入しないことも重要である。宮﨑らの研究によると,カリ石ケン素地(天然油脂)を1ヵ月間使用後,手荒れをしていると答えた医療スタッフが減少した(7)。当院においてもカリ石ケン素地(天然油脂)である「手洗いせっけん バブルガード」導入後は,特に冬期に頻発していた手荒れの相談が年間を通じてほとんどなくなったことから,本製品は手荒れを起こしにくいことが推察される。2020年6月の独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の調査では,本製品の主成分(純石けん分)であるカリ石ケン素地(オレイン酸カリウム)との類似化合物であるラウリン酸カリウムは0.24%・1分で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して99.999%以上の感染価減少率を示したと報告している(8)。さらに本製品の主成分であるカリ石ケン素地(オレイン酸カリウム)がSARS-CoV-2を99.99%以上不活化させることもわかっている(9)。当院では採用製品に関する情報を継続的に収集しながら,現在まで約15年間本製品を使用している。

図2 手洗いせっけん バブルガード 外観
当院が導入している泡タイプの石けん。各種添加剤が配合されていないことが特徴である。

表1 各石けん製品の含有成分(界面活性剤,添加剤など)

石けんを選定する際の評価項目は各施設で検討する必要があるが,適切なタイミングで積極的かつ効果的に使用してもらえる製品を選択することが肝要である。

石けん使用の量的評価

手指衛生コンプライアンスの指標として,手指消毒用アルコール製剤は入院患者1,000bedあたりの使用量または払出量をL/1,000bed days(mL/bed day)として評価している施設が多い。アルコール製剤の使用量の経時的推移は,手指衛生に関する取り組みの効果を評価したり,病棟毎の使用量を比較したりすることで,さらなる手指衛生強化へ繋げるためのPDCA(Plan→Do→Check→Act)サイクルの一翼を担っている。当院の院内感染対策室では,アルコール製剤の払出量を病棟毎に比較できるようにグラフを作成し,評価コメントを付記したうえで,毎月の院内感染防止対策委員会をはじめとする主要な会議の資料として提出している。そこでは,アルコール製剤の払出量と同様に石けんについても入院患者1,000bed daysあたりの払出量を評価している(図3)。病棟からの取り寄せ量が月毎に大きくバラつくことが散見されるため,毎月の払出量に加えて3ヵ月移動平均を合わせてグラフに表示している。払出量は間接的な指標ではあるが,アルコール製剤と石けんがどの程度使用されているかを確認することにより,手指衛生の包括的な量的評価が可能になる。例えばCDのアウトブレイクが発生した場合には,アルコール製剤の払出量が多少減少していても,石けんの払出量の大幅な増加が確認されれば,概ね適切な手指衛生の選択がなされていた,と推測することができる。一方,石けんの使用量が増加していなければ,その原因を探ることで今後の対策を講じることができる。しかしながら,このような量的評価は月毎の払出量を基にした過去の状態に対する評価である。実際の遵守状況を確認するために,感染対策チーム(ICT)ラウンドなどで直接観察も合わせて実施する必要がある。

図3 石けんの払出量[病棟別比較(左)・病棟内推移(右)]
手指消毒用アルコール製剤の払出量に加えて,石けんの払出量も同様のグラフを作成し,院内に周知している。
左:石けんの払出状況の病棟間での比較が可能  右:病棟内での手指衛生強化への取り組み評価が可能

 

石けん使用の質的評価

必要なタイミングで「石けんと流水による手洗い」が遵守されているかの評価は,「アルコールによる手指消毒」と同様に,ベッドサイドで直接観察することが必要である。当院では,毎週実施している定期的なICTラウンドの際に確認している。さらに,感染管理認定看護師が中心となって手指衛生ラウンドを別途行い,1部署あたり1回約30分の直接観察を実施している。1年間に各部署4回,確認場面数(5つのタイミング)の合計は年間約2,500にのぼる。下痢や嘔吐の消化器症状を有する患者やCD検出患者など,「石けんと流水による手洗い」が必要な患者に対しては,おむつ交換など汚染リスクが高い場面の観察が望ましい。このような患者に対しても,ベッドサイドでの5つのタイミングに基づいた「アルコールによる手指消毒」が実施されているか,手袋の連続装着による汚染行動がないか,個人防護具の着脱が適切な順序・手技で実施できているか,ベッドサイドから離れた後に「石けんと流水による手洗い」が確実に実施できているかを直接観察している。「石けんと流水による手洗い」の菌減少効果は手洗い時間に依存し,15秒の手洗いでは皮膚の細菌数は0.6~1.1log10減少し,30秒の手洗いでは1.8~2.8log10減少するとのデータが存在する(10)。このため,十分な時間をかけて適切な手技で手洗いが実施されているかを確認し,指導することは重要である。その他の確認項目として,石けんとアルコール製剤が隣同士に配置されていないか確認(併用されないように)することも重要である。石けんとアルコール製剤の併用は手荒れリスクを上昇させる。それぞれの手指衛生をどの場所で,どのタイミングで実施すべきかについて現場とディスカッションし,石けんとアルコール製剤の適切な配置場所を指導することも重要である。

ICTラウンドや手指衛生ラウンドの結果は,具体的な行動に対する指摘が重要であるため,手指衛生5つのタイミングにおける遵守率とともにラウンド終了時に即座にフィードバックしている。さらに後日,指摘点を明確に示したICTラウンド報告書でのフィードバックを実施することで,指摘点に対する改善とその報告を求め,適切に理解・改善されるまで,現場とすり合わせることが重要である。

おわりに

手指衛生は院内感染防止対策の最も重要な方策と位置付けられている。適切な手指衛生を実践するためには,「アルコールによる手指消毒」に加えて,「石けんと流水による手洗い」を多角的な方策により推進し,スタッフ全員がその重要性を認識できるように調整することが極めて重要である。

Reference

1) Pittet D,Hugonnet S,Harbarth S et al:Effectiveness of a hospital-wide programme to improve compliance with hand hygiene.Lancet 356(9238):1307-1312,2000

2) Boyce JM,Pittet D;Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee,& HICPAC/SHEA/APIC/IDSA Hand Hygiene Task Force:Guideline for hand hygiene in health-care settings.Recommendations of the healthcare infection control practices advisory committee and the HICPAC/SHEA/APIC/IDSA hand hygiene task force.Society for healthcare epidemiology of America/Association for professionals in infection Control/Infectious diseases society of america.MMWR Recomm Rep 51(RR-16):1-45,quiz CE1-4,2002

3) WHO:WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care.First Global Patient Safety Challenge Clean Care Is Safer Care,2009 http://whqlibdoc.who.int/publications/
2009/9789241597906_eng.pdf

4) Mollard S,Lurienne L,Heimann S et al:Burden of Clostridium(Clostridioides)difficile infection during inpatient stays in the USA between 2012 and 2016.J Hosp Infect 102(2):135-140,2019

5) Food and Drug Administration,HHS:Safety and effectiveness of consumer antiseptics;topical antimicrobial drug products for over-the-counter human use.final rule.Fed Regist 81(172):61106-61130,2016

6) 厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長,厚生労働省医薬・生活衛生局安全対策課長:薬用石けんに関する取扱い等について.薬生薬審発0930第4号,薬生安発0930第1号,平成28年9月30日 mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11125000-Iyakushokuhinkyoku-Anzen
taisakuka/0000138230.pdf(2022年2月24日アクセス)

7) 宮﨑博章,溝口裕美,元石和世ほか:無添加脂肪酸カリウムを用いた手洗いせっけんの手荒れ予防に関する調査研究.INFECTION CONTROL 26(12):78-84,2017

8) 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価に関する検討委員会:新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価(最終報告),2020 https://www.nite.go.jp/data/0001
11315.pdf(2022年2月7日アクセス)

9) シャボン玉石けん株式会社プレスリリース https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000067163.html(2022年2月28日アクセス)

10) Rotter M:Hand washing and hand disinfection.Mayhall CG editor,Hospital epidemiology and infection control,2nd ed, Lippincott Williams & Wilkins,Philadelphia,1999,p1339-1355,1999


掲載:感染対策ICTジャーナル Vol.17 No.2 2022 p.143-149
「■Organization 手指衛生の組織戦略❷ 院内感染対策としての石けんによる手洗いの重要性と取り組み」(特集:物・人・事から組織まで 総力で臨む手指衛生戦略)

著者プロフィール

橋本昌宜 1)・浅井さとみ 2)・宮地勇人 3)(はしもとまさよし・あさいさとみ・みやちはやと)

1)東海大学医学部付属病院 薬剤部薬剤科 係長/医療監査部 院内感染対策室
2)東海大学医学部 基盤診療学系 臨床検査学 准教授/東海大学医学部付属病院医療監査部 院内感染対策室 室長
3)東海大学医学部 基盤診療学系 臨床検査学 教授/東海大学医学部付属病院医療監査部 院内感染対策室 担当次長

一覧へ戻る
関連キーワード
関連書籍・雑誌
感染対策ICTジャーナル Vol.17 No.2 2022 特集:物・人・事から組織まで 総力で臨む手指衛生戦略

編集:
東京女子医科大学医学部感染制御科 教授/同大学病院感染制御科 診療部長 満田 年宏
山形大学医学部附属病院検査部 部長 病院教授・感染制御部 部長 森兼 啓太
自治医科大学附属病院感染制御部長・感染症科(兼任)科長,自治医科大学感染免疫学 准教授 森澤 雄司


発行年月:2022年4月刊

手指衛生とハンドケア

● 手指衛生の基本から、手荒れとハンドケアの最新知見をプロがトータルに解説します。
● 手指衛生はどう実践すればいい? 手荒れはどうしたらいい? そんな医療従事者を悩ませる問題を解決し、診療やケアのパフォーマンスを高めます。
● 手荒れを予防し、手指の清潔と健康の維持を導く、これまでにない1冊が登場しました。

山形大学医学部附属病院検査部・感染制御部 部長・病院教授 森兼 啓太 著
2022年1月刊

感染対策超入門―成功の秘訣

◆感染対策の成功の秘訣は、本質を正しく理解すること!
◆新型コロナウイルスの流行により、感染対策の知識と実践はすべての医療従事者に必須に。
◆「標準予防策」「感染経路別予防策」「耐性菌」「洗浄・消毒・滅菌」などの基本から「新型コロナウイルス感染症の感染対策」も特筆!
◆感染対策マスターの著者が、徹底的にエッセンスを絞り込んだ、医療従事者のみならずだれでも読みやすい超入門書☆

浜松市感染症対策調整監/浜松医療センター感染症管理特別顧問 矢野邦夫 著
2021年10月刊