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2021.02.05 病原体

手洗い石けん―ウイルスへの効果を踏まえた賢い選択 著者:坂口 剛正1)*・秋葉 勇2)・東浦 彰史1)**

 

はじめに

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がパンデミックを起こし,我々の生活の中で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防が常識になってきた。接触感染防止のために手洗いが推奨されており,その際,手洗い石けん(ハンドソープ)が使われる。手に付いたウイルスを洗い流す効果とともに,ハンドソープによってウイルスが不活化できれば,手洗いの効果がより高まると考える。本稿ではハンドソープに含まれる界面活性剤のウイルスに対する影響について述べ,手洗い石けん選択のための情報を提供したい。

エンベロープウイルス

SARS-CoV-2やインフルエンザウイルスはエンベロープウイルスに属する。エンベロープウイルスでは,その表面が,宿主由来の脂質二重膜にウイルスタンパク質が挿入された“エンベロープ”と呼ばれる構造物で覆われている。エンベロープウイルスには,他に麻疹ウイルス,ムンプスウイルス,ヒトメタニューモウイルス,B型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルスなどの多くの病原ウイルスが含まれる。

ハンドソープの界面活性剤

ハンドソープに含まれる界面活性剤は,洗浄力や起泡性に寄与する重要な成分であり,ハンドソープの基本性能を決定する。使用される陰イオン系界面活性剤は,自然の油脂から作られる石けんに含まれる純石けん分(脂肪酸カリウム,脂肪酸ナトリウム),あるいは人工合成されるアルキル硫酸エステルナトリウム[Sodium Dodecyl Sulfate(SDS)など],アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム[Sodium Laureth-Sulfate(LES)など]がある。一般的に,界面活性剤はSARS-CoV-2やインフルエンザウイルス1)の脂質二重膜を融解すると理解されているが,この反応の明確なメカニズムや,界面活性剤ごとの効果の違いは不明であった。

インフルエンザウイルスに対する界面活性剤の効果

エンベロープウイルスの代表例であるインフルエンザウイルスを使って,ハンドソープ中の界面活性剤によるウイルス不活化を検討した。

被検ウイルスとして,ヒト型インフルエンザウイルスA/Udorn/72(H3N2)およびトリ型インフルエンザウイルスA/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3)を用い,界面活性剤として,前述の合成界面活性剤のLESあるいはSDS,および純石けん分の脂肪酸塩としてオレイン酸カリウム(炭素数18,不飽和結合1ヵ所;C18:1)を用いた。

試験方法の概略2)とヒト型インフルエンザウイルスを界面活性剤LES,SDSおよびC18:1 と反応させたのちのウイルス残存感染価[50%組織培養感染価(TCID50)]を1に示した。3.5mMの濃度では,C18:1処理で感染価が4log以上大幅に低下し,一方でSDS処理とLES処理では1logおよび1log以下であった。トリ型インフルエンザウイルスの場合にも同様に,C18:1に,SDSやLESよりも優れたウイルス不活化能が認められた3)

図1 界面活性剤のインフルエンザウイルス不活化試験

 

インフルエンザウイルス不活化のメカニズム

インフルエンザウイルスと界面活性剤の相互作用を検討するために,精製インフルエンザウイルス粒子と界面活性剤を混合して等温滴定熱量測定(Isothermal Titration Calorimetry:ITC)を行った。MicroCal VP-ITCマイクロ熱量計を用いて,界面活性剤水溶液の入ったITCセルに精製ウイルス懸濁液を注入して熱量を測定し,相互作用によるエンタルピー変化(ΔH)を測定した。

ITC測定から得られた,水媒体での界面活性剤とウイルスの混合によるΔHは,LES-ウイルス系では正の値をとり,LESとウイルス粒子との間で吸熱反応が起こり,疎水性相互作用のようなエンタルピー増加に伴う相互作用が起こっていることを示していた。LESとウイルスの混合物の疎水性相互作用は,LESの疎水基によるエンベロープ膜の融解を意味すると考えられる。

一方で,C18:1-ウイルス系とSDS-ウイルス系はともにΔHは負の値になり,特にC18:1-ウイルス系のΔHの絶対値が高かった。これは界面活性剤分子とウイルス粒子との間に発熱反応が起こり,エンタルピー減少に伴う静電的相互作用のような引力相互作用が起こっていることを示している。

SDSとC18:1は陰イオン界面活性剤であり,親水基は陰性に帯電している。インフルエンザウイルスのエンベロープ膜は,細胞膜と同様に負の電荷を帯びているので,エンベロープ膜との相互作用の可能性は低い。一方で,ウイルス粒子表面に最も多いHAタンパク質は,逆に正の電荷を帯びている傾向がある4,5)。それゆえ,SDSやC18:1の親水基が,インフルエンザウイルス粒子表面のHAタンパク質と静電的相互作用を介してウイルスを不活化させた可能性がある。界面活性剤が,膜ではなく,ウイルスタンパク質を標的にして攻撃していると考えられる(2)。

図2 界面活性剤のインフルエンザウイルス攻撃

 

電子顕微鏡観察でも,C18:1とLESの作用の違いをみることができた。精製インフルエンザウイルス粒子を界面活性剤で処理して,負染色法による電子顕微鏡(JEM-1400)観察を実施したところ,C18:1で処理した場合には,影響を受けていない無傷な粒子(3-A)の比率が減少し,ウイルス粒子表面にウイルス糖タンパク質のない瘤(ブレブbleb)が付いたもの(3-B)の比率が増加した[8.9%(n=718)→12.6%(n=183)]。ウイルス粒子表面に穴があいたように見えるもの(3-C)の比率も高まった[27.3%(n=718)→36.6%(n=183)]。ウイルス粒子表面のブレブが界面活性剤に由来するのか,ウイルスエンベロープの変形によるのかは判別し難いが,C18:1ではウイルス粒子表面のタンパク質が傷害されて,それからエンベロープの一部に穴があくという仮説に矛盾しない観察結果であると思われる。

LESで同様に処理したウイルス粒子を分類してカウントすると,ウイルス粒子の膜が激しく損傷してウイルスの形が壊れている像(3-D)が多く観察されるようになった[11.3%(n=718)→54.1%(n=146)]。膜損傷のためにウイルス粒子として認識し難いほどであった。

図3 界面活性剤処理ウイルスの電子顕微鏡写真

 

界面活性剤によるインフルエンザウイルス不活化のメカニズムとして,従来から言われていたように疎水性相互作用によるエンベロープ膜の融解1)だけではなく,静電的相互作用によるウイルスタンパク質の傷害があることが明らかになった3)。これは界面活性剤による新たな不活化のメカニズムを提唱したものである。

研究で使用された3つの界面活性剤の中で,LES-ウイルス系は最も低いウイルス不活化能を示した。そのため,疎水性相互作用でのエンベロープ膜の融解によるインフルエンザウイルスの不活化能は不十分であると考えられる。一方で,SDS-ウイルス系,C18:1-ウイルス系ともに静電的相互作用が示唆され,ウイルス不活化能も高かった。静電的相互作用は極めて速い反応であるので,これによってC18:1がインフルエンザウイルスと素早く反応し,手洗いをする短い時間の中で不活性化する可能性がある。主成分としてC18:1を用いたハンドソープは,インフルエンザウイルスの感染予防に効果的であると言える。

SARS-CoV-2に対する界面活性剤の効果

北里研究所と北里大学はプレスリリース(2020 年4 月17 日)6)によってSARS-CoV-2に対して手洗い石けんを含む市販製品(医薬部外品・雑貨)21種類を調べて,1種類の例外を除いてゲノムRNA10万個相当のウイルスを完全に不活化したことを報告した。また,新たなプレスリリース(2020 年9 月1 日)7)において市販のハンドソープ類5種,台所洗剤類26種にすべてSARS-CoV-2 の不活化能があることを示した。

界面活性剤によるSARS-CoV-2不活化については,独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)が設置した「新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価に関する検討委員会」も結論を発表している8)。数々の界面活性剤を調べているが,手洗いに使われる陰イオン系界面活性剤としては,純石けん分(脂肪酸カリウム,脂肪酸ナトリウム,いずれも炭素数12),アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム(LESに相当する)を用いて検討している。結果として,国立感染症研究所の評価では,どれにも99.99%以上のウイルス不活化能を認めているが,北里研究所の評価では,いずれも効果なし(104乗個のウイルスを完全に不活化しない)とされた。これは,脂肪酸塩にはSARS-CoV-2に対する強い効果がない,ということを示している。

一方,筆者らも広島県で分離されたSARS-CoV-2/JP/Hiroshima-46059T/2020を用いて,広島大学のP3施設で界面活性剤の濃度を変えてウイルスに対する影響を調べたところ,C18:1>SDS>LESの順でウイルス不活化能が高いという結果を得た(4)。これは前述のインフルエンザウイルスに対する影響と同様の傾向であるので,SARS-CoV-2でも,C18:1がウイルスタンパク質と相互作用して高いウイルス不活化能を持ち,LESはエンベロープ膜と相互作用して弱い不活化能にとどまるという可能性がある。これは現在検証をすすめているところである。

図4 界面活性剤のSARS-CoV-2 不活化試験

 

前述の北里研究所の評価との違いは,脂肪酸の長さのためではないかと考えられる。北里研究所の評価で用いられた脂肪酸塩は炭素数12であるのに対して,筆者らの検討では炭素鎖18である。以前,脂肪酸カリウムの脂肪酸の長さ(炭素数)によってインフルエンザウイルス不活化能が異なること,原則として炭素数が多く脂肪酸が長いとウイルス不活化能が高いことを見い出している(未発表)。したがって,同じ脂肪酸塩でも炭素数によって効果に違いあることが考えられる。また,NITEの試験では,いずれもウイルスにウシ胎児血清が2~5%含まれていることは指摘しておきたい。血清は試験結果に影響を与える可能性がある。

おわりに

ハンドソープの製品選択に,ウイルスの不活化能を考慮することを提案する。もちろん界面活性剤であれば,濃度を高くすればSARS-CoV-2を不活化することができる。しかし,低濃度でも素早くSARS-CoV-2を不活化できる方が望ましいと考える。そうすると,オレイン酸C18:1を多く含むようなハンドソープの使用を検討してもよいように思う。

一般に手に優しいという無添加石けんの界面活性剤は純石けん成分である脂肪酸カリウムや脂肪酸ナトリウムである。このうち,さらにC18:1のような長鎖脂肪酸塩を含むハンドソープ(シャボン玉石けん㈱「バルブガード」(5)など)がSARS-CoV-2対策にも望ましいと考える。

図5 シャボン玉石けん㈱「バブルガード」

 

〔謝辞〕

本研究に色々な面からご支援をいただいた感染症対策研究センター(代表:松本哲朗),川原貴佳(シャボン玉石けん㈱),吉元玲子,下江章裕,奈良井清夏(広島大学)の諸氏に感謝する(敬称略)。

 

Reference

1) Jonges M,Liu WM,van der Vries E et al:Influenza virus inactivation for studies of antigenicity and phenotypic neuraminidase inhibitor resistance profiling.J Clin Microbiol 48 (3):928-940,2010

2) Ueda K,Kawabata R,Irie T et al:Inactivation of pathogenic viruses by plant-derived tannins:strong effects of extracts from persimmon (Diospyros kaki ) on a broad range of viruses.PLoS One 8(1):e55343,2013

3) Kawahara T,Akiba I,Sakou M et al:Inactivation of human and avian influenza viruses by potassium oleate of natural soap component through exothermic interaction.PLoS One 13(9):e0204908,2018

4) Arinaminpathy N,Grenfell B:Dynamics of glycoprotein charge in the evolutionary history of human influenza.PLoS One 5(12):e15674,2010

5) Kobayashi Y,Suzuki Y:Compensatory evolution of net-charge in influenza A virus hemagglutinin.PLoS One 7(7):e40422,2012

6) 北里研究所・北里大学:医薬部外品および雑貨の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)不活化効果について,プレスリリース,2020 年4 月17 日

7) 北里研究所・北里大学:新型コロナウイルスに対する消毒薬の効果を検証 日常生活におけるSARS-CoV-2 感染予防に有用な製品を評価,プレスリリース,2020 年9 月1 日

8) 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) 新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価に関する検討委員会:新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価(最終報告),令和2 年6 月

 

掲載:感染対策ICTジャーナル Vol.16 No.1 2021 p.58-63
「■Product 標準予防策のための製品トレンド―実践につながる最新の選択基準❷ 手洗い石けん―ウイルスへの効果を踏まえた賢い選択」

著者プロフィール

坂口 剛正1)*・秋葉 勇2)・東浦 彰史1)**(さかぐち たけまさ・あきば いさむ・ひがしうら あきふみ)

1)広島大学大学院 医系科学研究科 ウイルス学 *教授 **助教
2)北九州市立大学 国際環境工学部 エネルギー循環化学科 教授

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